【やり直し軍師SS-237】ロア、変装する。①
僕が第10騎士団の副団長になってから、すっかり足が遠のいてしまった趣味が一つある。
それは、古道具屋を巡ること。
と言っても、何か雑貨を見て回るわけじゃない。僕の目的は、古道具屋に出回る怪しげな書物や書類の類。
掘り出し物なんてそうそう見つからないけれど、たまに旅一座や商人の手から市場に流れてきた、とんでもないお宝が眠っていることがある。
僕がサクリの存在を知ったゴルベルの貴族の手記。これもその類だった。話半分に目を通したのだけど、結果的に、あの時手にできたのは本当に良かったと思う。
歴史は変わったので、あの手記は市場に出回っていないかもしれない。もう一度じっくり目を通して見たかった。かえすがえすも惜しい事をした。
まあ、今更そんな事を言ったところで、仕方はないけれど。
ともかく文官時代は、休日によく王都の古道具屋巡りをしていたものなのだ。けれど、今の僕は有名になりすぎた。気軽に王都の街をうろつくのは、何かと差し障りがある。
その代わりと言ってはなんだけど、今の立場だからこそ目を通すことのできる書物や記録も増えた。
文官時代なら足を踏み入れることすら許されなかった、一般人立入禁止の書庫。その奥にある王家秘蔵の記録だって、今なら容易く目にすることができる。
結果的に得られる情報量や満足感は比べるべくもないのだけど、時折、あの宝探しのような楽しさを味わいたいなぁと思ってしまう。人の欲望とは、かくもままならないものだ。
「なら、変装すればいいんじゃないですか?」
ごく当然のように、僕にそう言ったのはサザビー。
その日はトランザの宿で、みんなでご飯を食べていた。そんな中で、僕のささやかな愚痴を聞いたサザビーの一言である。
「変装? 帽子を被ったり、付け髭でもするのかい?」
「いやー、まあ、無しではないですが。もうちょっと本格的なものです。ねえ、ネルフィア、ロア殿の願いを叶えてあげてもいいですか?」
サザビーに話題を振られたネルフィアは、少しだけ考えてから「まあ、構わないでしょう。ですがサザビー、貴方が責任を持って同行してください」という。
「もちろんそのつもりです。じゃあロア殿、次の休みいつです?」
「一応、5日後に休みを取るつもりだけど……」
答えつつ僕はラピリアに視線を移す。ラピリアと休みを合わせようかと思っていたのだけど……。
僕の意図に気づいたラピリアは、やれやれといった表情ながら頷いた。
「良い機会だからお願いしたら? というか、私もロアの変装した姿見てみたいし」
「そう? じゃあお願いしようかな?」
「では、決まりですね。第八騎士団の変装の達人に手伝ってもらうんで、市民には絶対にわからないと思いますよ」
というわけで僕はサザビーの協力を得て、次の休みは変装して古道具屋巡りをする事になったのである。
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「っと。こんなもんですかね!」
僕の顔をペタペタといじっていたシヴィが、一仕事終えたとばかりに額の汗を拭う。汗、かいてないけどね。
「ロア様の場合、体格は一般的なので、その服ならもう完全に気づかれないと思いますよ。すっごい自然ですね。さすが大軍師様です」
シヴィがそんな風に絶賛する僕の服装は、実に庶民的な物である。どちらかといえば着慣れた格好なので、似合っていて当然だろう。
「お、準備できましたか?」
そんな風に声をかけてきたサザビーへ顔を向けて驚いた。声は確かにサザビーだけど、見た目は白髪に白い髭。引退した将官か貴族のような出立だ。
「……声がサザビーじゃなかったら、絶対に気づかないよ」
「ちなみに街に出たら声も少し変えますよ。あんまりハリのある声だと、見た目とそぐいませんから」
サザビーが初老の変装をしているのは、古道具屋に出入りしても自然な感じを演出するためらしい。役柄としては、引退した数寄者が掘り出し物を探しているという設定とのこと。
「あ、そうだ。名前もサザビーではなくてヴィザ、でお願いします。ロア殿はロイ、とでもしておきましょうか? あまり複雑にすると呼ばれた時に気づかなかったりしますからね」
「分かったよ。サザビー、じゃなくてヴィザ」
「まあ、その見た目なら、ロア殿って呼んでも多分問題ないと思いますけどね。ロアって名前は割と一般的ですし」
「そんなに見た目、変わっているのかい?」
僕はまだ鏡を見せてもらっていない。シヴィが、「せっかくだから、最初は奥様に見ていただきましょう」と言って見せてくれないのだ。
作業が終わったと聞いて、別室で待っていたラピリアや、当然のように一緒に待っていた双子、ルファ、なぜか一緒にいるリヴォーテも部屋に雪崩れ込んでくる。
そしてしばらく僕を見て、きょとんとしてからみんな少し、笑う。双子は爆笑。
「そんなにおかしいの?」
僕の問いに代表して答えたのはラピリア。
「いいえ。変なことはないのよ。なんていうか、あんまりにもその辺りにいそうな庶民っぽくて。この国の英雄、ロア=シュタインだと思ったら、そのギャップがなんだか面白かったの」
「……そう」
こうして僕は、久しぶりに若干の釈然としない気持ちを抱きながら、サザビーとともに街へと繰り出したのであった。