【やり直し軍師SS-233】グリードル⑤ 激突、そして。
「一寸たりとも退くな! 我らが忠義を示す時ぞ!!」
声を張り上げ、兵士を激するのは元親衛隊のジベリアーノだ。同じく一軍を任されたトレノも、同じように必死の形相でバウンズ軍と刃を交えている。
元親衛隊の兵士たちからすれば、この一戦は自分たちの存在価値を証明する戦いと言って、過言ではない。
いっときはドラクと敵対し、降伏したのだ。相手がかつての同胞であっても、手心を加えるような真似はすなわち、自分たちの未来を自ら閉じる行為に他ならなかった。
元親衛隊の者達は全員が、自分の立場をよくわかっている。故にこそジベリアーノやトレノの激に応じて、大いに気炎を上げている。
グリードル軍において元親衛隊の数はわずかなものだが、その必死さが伝播したのか、他の兵士たちも本来の実力以上の勢いでバウンズ軍を押し込んでいた。
しかし、バウンズ軍も負けてはいない。
バウンズの私兵は着陣までに消え失せているので、実質は旧ウルテアの親衛隊のみ。
しかしながらジベリアーノ達を裏切り者と見据え、怒りを力に変えて、寡兵でありながら一歩も引かぬ戦いを見せてる。
「この戦いに勝利したのちは、バウンズのような愚か者ではなく、我らがウルテアを名乗る! 必ずドラクの首を獲れ!!」
兵達を鼓舞するワックマン。すでにバウンズのことは見限っており、『逃げるようなら殺せ』と部下に伝えてから出陣してきた。ここで勝ちを収めても、バウンズに下げる頭はない。
本来であればウルテア王国において羨望を集めるはずの親衛隊が、このような場所で潰えて良いはずがない。ここにいる親衛隊はただその一心で、グリードルの部隊と干戈を交えている。
ワックマンが声を振り絞る中、その視線の先で大きな旗が立つ。
逆賊、ドラク=デラッサの旗印。それはまるで、俺はここにいるぞと言わんばかりに。
ワックマンはぎりりと奥歯を噛み締めると、「あの場所に逆賊がいるぞ! 進め! 進めえ!!」と怒鳴った。
兵達はワックマンの言葉にすぐさま反応する。日々鍛錬を重ねた精兵だ。指揮官の命令へに対する動きは、ウルテアでも随一。
そして親衛隊が乾坤一擲の突撃を見せ、前がかりに中央を切り裂かんとしている最中、その時を待っていた小隊が動き始める。
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「やっと出番か」
フォルクが率いる小隊は、戦況を離れた場所から伺っていた。一進一退の攻防が続きやきもきとしていたが、ようやくバウンズ軍の陣形が崩れ、指揮官であるワックマンの守備が甘くなる。
槍を一度ぶるんと振るったフォルクは、馬上から隣にいたルアープに声をかけた。
「準備は?」
徒士のルアープは黙って弓を掲げてみせる。
「よし。では行くぞ!」
その一言で、フォルク達は一気にワックマンとの距離を詰めてゆく。ワックマンもフォルク達に気付き、兵を差し向ける指示を出した。すぐに激突が始まる。
「貫け!!」
フォルクの命令で錐揉み状になった小隊は、ほんの一瞬であるがワックマンとの距離をグッと縮めた。
「ルアープ!!」
「分かっている!!」
その一瞬を見逃さずにルアープから放たれた一矢は、なにやら怒鳴っていたワックマンの口を正確に貫き、その生を終わらせたのである。
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「ここがバウンズの本拠地、ケイーズか」
ワックマンとの戦いは二刻半にも及び、グリードル軍がバウンズの本拠地へと到着したのはすでに日も沈んだ頃のことだった。
街はひどく静かなものだ。
入り口には篝火を焚いた2人の兵士が佇んでいるのみ。
「陛下、あれらはワックマンの配下です」
ジベリアーノが判じる。
「顔見知りか?」
「はい。ここは、私が」
「任せる」
許可を得て進み出たジベリアーノ。その姿を見た兵士がゆっくりと口を開く。
「お前がここに来たということは、ワックマン様は敗れたか……」
「ああ。だが。親衛隊の戦いは見事なものであった」
「そうか。願わくば私も共に参加したかったが……ついてこい。バウンズを拘束している」
「拘束? 貴様らはバウンスの指揮下にあったはずでは?」
「それは昨日までのこと。あやつは愚かにも自分たちだけ逃げようとした。ゆえに、王の器なしとみなし、バウンズ以外一族は屠った」
「……そうか。ではまず、私たちだけが確認する。案内してくれ」
「……好きにしろ。こっちだ」
一度ジベリアーノと数名のみが街へと入り、ドラク達が待つことしばし。半刻ほどでジべリアーノが戻ってくる。
「罠や伏兵はなさそうです」
「分かった。では、進むぞ」
ドラクの指示を受け、粛々と進軍を始める。夜間ということもあり、街に人通りはない。だが、周辺の建物から怯えるような視線が、雨のように降り注いでいるのが伝わってきた。
「陛下、あの建物です」
ジベリアーノの指し示した先には、一際大きな館がある。
館に入るも、出迎えはない。廊下を進むドラク達の足音だけが響く。
「この部屋にいます」
ジベリアーノが扉を開くと、ドラクは軽い口調で声を掛ける。
「よう。久しぶりだな。バウンズ」
そこには、暗闇に溶けてしまいそうなほどに覇気のない男が、力なく座っていた。