【やり直し軍師SS-23】文官達の宴(上)
ロアが第10騎士団に引き抜かれて数日経った頃。
「おいあれ、また妙なことやってるぜ」
壁に向いてしゃがみながら、何やらぶつぶつ呟いているドリューを見て、デリクは指を指した。
「まあまあ、別に誰に迷惑かけているわけでもないから、いいじゃない」ヨルドが取りなし、デリクはしまったという顔として、口をつぐんだ。
ドリューといえば奇人変人の類であり、文官仲間からも揶揄われやすい傾向にあったが、別にデリクはドリューを馬鹿にしようとしたのではない。
今までであれば、ここで同じく奇人の誉れを受けているロアに話を振って、ロアが抗議するという流れの様式美なのである。
なのでロアとじゃれあいたかったのであって、ドリューを貶めるつもりではなかった。
ロアがいなくなってからまだ数日。ついつい今までのノリで口にしてしまい。少しバツの悪い想いをする。
デリクにとって、ドリューとはその程度の関係である。極々稀に事務手続きで会話を交わすことはあるが、基本的には交わることも、関心を払うこともない他人。
だから、数年後にあのようなことになるとは、夢にも思わなかったのだ。
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デリクとヨルドがロアに呼び出されたのは、ロア=シュタインの婚儀のしばらく後のことだ。
「デリク達にもちゃんと報告したいから、ご飯でも食べようよ」というロアの誘いに乗ってやってきたのは、トランザという宿の食堂。
ルデクトラドでも最近とても話題の店で、予約もなかなか取れない人気店である。
「ま、流石はロア=シュタインだよなぁ……」ロアなら予約など必要ないのだろう。デリクの呆れた声に、ヨルドは「どんな料理が出るか楽しみだよねぇ」と涎を拭く仕草をした。
トランザの宿の人気に火がついたのは、第10騎士団の幹部連中が御用達のように使用していたからだ。
以前は衝立などで一般客と隔離していたらしいが、第10騎士団のお気に入りという評判や、どうもあそこは様々な王族もお忍びで来るらしいという、荒唐無稽な噂のおかげで連日大繁盛。結果的に宿を拡張するに至り、そのついでに貴人用の個室まで造られた。
デリク達は当然のように、その貴人用の個室へと通される。
「あ、来た来た。お疲れ様。忙しいところ悪いね」
そんな風に出迎えたのはロア本人。
「お前ほどじゃないよ。むしろ待たせて悪いな」
ロアは立場的にはすでに雲の上の人であるが、本人の強い希望もあって、デリク達は今まで通りの口調で接している。
会場に最後に到着したのはデリク達だったようだ。
「スールちゃん、飲み物と食事の準備始めてくれる?」とラピリア様が給仕の娘に伝えると、顔見知りであろう娘は元気に返事をして部屋を出ていった。
今日集まったのは、ロアと親しく、先日の婚儀には参加していない文官達らしい。
「本当は婚儀に呼べれば良かったんだけどね」などとロアは言うが、デリクは絶対にごめん蒙る。
自国の王様が参加するだけでも腰が引けると言うのに、帝国の皇帝だの、第四皇子だの、他にも聞くだけでげんなりするような面々が揃っている中になど、間違っても放り込まれたくはない。
まあ、そうでなくともデリク達が参加できるような婚儀ではなかったが、ロアは気にしていたようで、後日、こうして席を設けてくれたのである。
席に着いたのはロアとラピリア様とウィックハルト様。それからレニーという第10騎士団の若手。レニーはロアの秘書のような仕事をしているので、事務方とのやりとりも多く、デリクもよく知っている。
それからドリューとジュディアノ、ホーネットの兵器部の面々だ。
ロアも凄いが、兵器部の面々もこのわずかな期間で立場が激変した者達だろう。同じ文官からすれば、むしろ兵器部の方がその躍進を実感できる。
ロアの提案による十騎士弓や巨大弓の発明、それに新しい船舶の設計。
兵器部の功績は計り知れず、たった一人から始まり、その補助として他の部署で馴染めなかった2人の新人が放り込まれた吹き溜まりのようだった部署は、今では部下を20名以上抱える大所帯だ。
と言ってもドリューは相変わらずの奇行に忙しく、部下に指示などしないので、ジュディアノとホーネットが部署を取り仕切っている。
ーーなんだか、どいつもこいつもすげえなーー
デリクは単純に感心する。ロアが俺たちの隣にいなくなってからわずか数年で、こんなに変わるものか。
「お待たせしました!」
部屋に先ほどの給仕の娘の声が元気に響くと同時に、何人かの給仕が一斉に部屋に入ってきた。
続々と置かれる飲み物と食事。胃袋を直撃するような香りに、デリクは考えるのをやめ、料理へと視線を移す。
「さて、飲み物は回ったかい?」
ロアの音頭で皆が盃を掲げた。
「えーっと……まあ、その、ご存知の通り、この度僕はラピリアと結婚しました」
少し恥ずかしそうなロアと、同じく顔を赤くするラピリア様。
そんな様子を見てデリクは、
色々あったが結局、この2人の婚儀が一番すげえよな。と、密かに思うのだった。




