【やり直し軍師SS-22】凱旋式とお茶会④
みんなで仲良くジャムの味見をしたことで、何となくその場が落ち着いた。私も漸く少し、肩の力を抜くことができたような気がする。
そうして改めてレーレンス王妃を見れば、その美貌に惚れ惚れする。2人のお子さんがいるとは到底思えない。
「あら、どうかしたかしら?」
私の視線に気付いた王妃様に問われて、私は慌てて「いえ、とてもお綺麗だなと思いまして」と答える。
「あら、ありがとう」と、王妃様がふふふと笑うと余計に美しさが際立った。
「それはそうよ。レーレンス様の美しさに一目惚れしたゼウラシア王が、一ヶ月ご実家に通い詰めて口説いたって伝説が残っているくらいだもの」
ラピリア様の言葉に、私は深く納得する。なるほど。この美貌を口説くために、私なら一ヶ月どころか一年でも通い詰めそうだ。
「あら、ラピリア、それは大袈裟よ。あの人が通ったのはせいぜい10日位だったもの」
「そうですか? そういえば年々、通い詰めた日数が増えている気がします」
そんな笑って良いかわからない王族ジョークが飛び交う中、王妃様が話題を戻した。
「それよりも今日はラピリア、あなたの話でしょう。さ、聞かせてちょうだい」
「……ま、まあそうですね。けれど、どこからお話しましょうか?」
「折角だからフェマスの戦いのお話も聞きたいわ。今日は時間はたっぷりあるしどうかしら?」
私やオーパさんからも異論が出ないことを確認し、ラピリア様は語り出す。
ラピリア様の話は、想像していたよりもずっと、本当にずっと、戦場とは厳しいものだということを実感させる内容だった。
私は元々こういったお話が好きなので、ついつい前のめりになって聞いてしまったけれど、オーパさんは時折青い顔をして、手のひらをギュッと握っていた。お兄様がその場にいたことを想像してしまっているのだろうか。
王妃様は落ち着いたものだ。流石だと思う。
「では、ラピリア達は孤立してしまったのですか?」
「恥ずかしながら。私もまだまだです」
そのように反省しているけれど、話を聞く限りそれどころではない内容だ。一歩間違えばラピリア様も死んでいたではないか。
「それで、お怪我は大丈夫なのですか?」
まだ少し顔色が悪いオーパさんが心配そうに聞くと、ラピリア様は腕をぐるりと回してみせた。
「この通り問題なく動きます」
「でも、傷が残ってしまったでしょう……」
「ええ、まぁ……でも……」
ここでラピリア様は少し頬を染めて下を向いた。おおっ、何か素敵なことが起きたに違いない。先程まで青くしていた顔色を、すぐに上気させたオーパさんが問い詰める。
「その……ロアが……彼が傷を見てすぐに「そんなの僕は全然気にしないよ」って……」
普段はのんびりしていそうな顔して、やりますわね、ロア様。
「あらあら」王妃様も嬉しそうに目を細めて続きを促した。
それからはしばらく戦いの話と、その後の進軍の話が続き、お話はいよいよクライマックスへ。
「……で、彼が不意に「後で時間、もらえる? 大事な話があるんだ」って、そうしたらすぐにウィックハルトが人払いをしてくれて……」
我がお兄様は大変良い仕事をしたなぁ。
「それで、それで!」
3人が身を乗り出してラピリア様の言葉を持つ。ラピリア様はもうお顔が真っ赤だ。
「それで、「ラピリアに、僕の横にいてほしい。ずっと、一緒にいてほしい。君と共に、この先の人生を、生きたい」って……」
「「「キャー!」」」
喜ぶ私たちと、溶けそうなラピリア様。
「愛してるは? 愛しているは言ったのかしら?」
王妃様がグイグイくる。いよいよ身を縮めるラピリア様。頭から湯気が出そう。
「それは……まあ。あとでちゃんと……」
「何回? 何回言ったのかしら?」
なおも追求の手を緩めない王妃様に、ラピリア様がついに根をあげた。
「この辺りで勘弁してください! もう恥ずかしくて顔から火が出そう!」
「あらあら、残念ねぇもう少し聞きたかったのだけど……」本当に残念そうな王妃様を少し睨んでから、ラピリア様は話題を変えた。
「そういえば、オーパさんとウィックハルトの方はどうなったの?」
今度はオーパさんが赤くなる番だ。
「実は明日、私のお父様も王都に来るんです。本当は凱旋式も見たかったのですが、どうしても都合がつかなくて……」
「それって……」
「はい。今年中に婚儀を上げる予定で、今回ちゃんと日程を定めようと……」
それは私も初耳である。私を含め、みんなから祝福の言葉を受けたオーパさんは嬉しそうに「ありがとうございます」と頭を下げた。
みんな良いなぁ。
「それで、セシリアさんは良い人はいないの?」
オーパさんの話題がひと段落したところで、王妃様の矛先が私に向く。
「レーレンス様、それは……」
ラピリアさんが言葉を挟もうとするのを、王妃様は制した。
「セシリアさんの事情はラピリアから聞いておりますよ。でも、もうロアとのお話は終わったことでしょう。それよりも”次”を見た方が健全です」
正論ではある。と言っても、だ。
「……王妃様の仰る通り、ロア様のことはもう何とも思っておりませんわ。けれど、なかなか良い方も……」
その時、昨日見た騎士様の姿が頭に浮かんだ。それから少し頭を振る。なぜだか気になったけれど、顔も分からぬ相手のことだ。
それからもお茶会はつつがなく進み。そろそろお開きとなる。
お茶会が行われていたのは、城内にあてがわれたラピリア様の私室。部屋を出て、揃って城の通路を歩いていた時のこと。
「あれ、ラピリア? 王妃様も? それに……」
声の主はロア様であった。たまたま通りがかったらしい。隣にはお兄様の姿も。それに……
「あっ!」
私は思わず声を上げてしまう。間違いない。昨日私が気になった騎士様はこの方だ。
私の視線を受けて、騎士様は少し不思議そうに声をかけてくれた。
「失礼、どこかでお会いしましたか?」
「い、いえ! 昨日の凱旋で貴方様のお姿も拝見したもので……」
「そうでしたか。ああ、ご挨拶が遅れました。私はシャリス。シャリス=イグラドと申します。宜しく」
「あ、こ、こちらこそ! 私はセシリア=ホグベックと申します! あの、そこのウィックハルトお兄様の妹です!」
「そうでしたか。ウィックハルト殿にはいつもお世話になっております」
礼儀正しく挨拶されて、私も慌てて頭を下げる。
そんな私の姿を、後ろからあらあらおやおやと見つめている人物が2人。
その後、私の屋敷には王妃様の頼みや、ラピリア様の推挙によって、何かとお使いを頼まれたシャリス様が度々やってくることになるのだけど、それはまた、別のお話。




