【やり直し軍師SS-215】因縁⑧
砦の廃墟には、カンヴィナスの命によって旧リフレアの兵士たちが集められていた。
だが、カンヴィナスが一向に現れない。なんとも言えぬ空気が漂い、徐々に伝播してゆく。
この空気に耐えかねた兵の一人が、困惑の表情を見せているヤードに問うた。
「本当にカンヴィナス様の召集で間違いないのだな」
「こ、この筆跡はカンヴィナス殿で間違いないはず」
そう言いながらヤードが見せた書面は、確かにカンヴィナスの筆跡とよく似ている。
「では、なぜカンヴィナス様は姿を見せないのだ?」
「……」
ヤードには答えられない。ヤードもまた、状況が把握できていないのだから。しかし、この親書が偽書であるとは思えない。何度見返してもカンヴィナスのクセのある文字であるし、親書を持って来た使者も見たことのある人物だった。
いや、待て。
ヤードはわずかな違和感に気づいて、天を仰ぐ。
あの使者は本当にカンヴィナスの使者だったか? 思い返せば、寡黙な使者にしては珍しく、さして笑えぬ冗談を言っていた。珍しいこともあるものだと思っていたが、或いはあれが、偽物であったのなら……。
だが、見た目は間違いなくカンヴィナスの使用人の娘だった。到底偽物とは思えない……。
「カンヴィナス様が来ぬのなら、このような場所に集まる必要はない。或いは何か予期せぬ出来事が起きたのかも知れぬ、何せ、相手はあのロア=シュタインだ」
そのように言われれば、ヤードも黙って頷くしかない。
「悪いがこれ以上は待てない。一度散会するぞ。必要があれば、またカンヴィナス様より呼び出してもらおう」
もはや交渉の余地なしとばかり宣言した兵は、早々に立ち去ろうとする。
だが、時すでに遅し。
砦の廃墟はすでに、第二騎士団が取り囲んでいる。
騎士団長ニーズホックは抑揚のない声色で、
「殲滅なさい」と命じた。
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「これで決着ですね」
サザビーが呟く。
眼前では第二騎士団による一方的な蹂躙が繰り広げられていた。サザビーの言う通り、大勢は決した。しかし、
「いいえ、これで決着ではありません。思ったよりも取り逃しました」
ネルフィアが否定したのは、この場で全ての反乱分子を屠ることができなかったからだ。
前回の集まりよりも、今回の方が兵の数が少なかった。招集に違和感を感じ、集まらなかった兵が僅かばかりいるのだろう。
そして何より、デジェストと思しき人物がいない。今回の計画、デジェストを捕えることができなければ、第八騎士団にとっては負けに等しい。
「サザビー、少々付き合ってもらえますか? シヴィ、あとは任せても?」
「どこへです?」
「了解です!」
それぞれがすぐに返事を返してくる。
「ちょっとした、散歩です」
そのように言い残したネルフィアはサザビーを連れ、血煙が立ち込める砦跡を後にした。
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デジェストがそろそろ拠点を変えようと立ち上がったところで、誰かが室内に入ってきた気配を感じた。
物音を立てず、短剣を構える。
ゆっくりと登場したのは女だ。
「やはり、貴方でしたか。ウェルウェイユ」
懐かしい名前を呼ぶその相手を見て、デジェストは僅かに驚きを見せた。
「ティノー、お前、まさか、ティノーか? 死んだはずじゃあ……」
デジェストの知るティノーは、もう随分と前に行方不明になっていた。ルデクに潜入したまま音信不通。殺されたものと思っていた。しかし今目の前にいるのは、どう見てもティノーだ。ということは……
「まさか、ルデクに寝返っていたのか……」
ゴルベルの諜報部に身を置きながら、よりにもよってルデクに裏切るとは……だが、ティノーはゆっくりと首を振る。
「それは正しくありませんね。私は元々“こちら側”です」
「なに? では、ルデクの諜報員でありながら、ゴルベルの諜報部に潜り込んだというのか? 良くもまあ、露呈しなかったものだ」
「まあ、あの頃は私も若かったですからね。少々向こう見ずでした」
「呆れた話だ。まあいい。最早俺も、ゴルベルの人間ではないからな。それにしても、よくここが分かったな」
「潜伏するときの貴方の癖、変わっていませんね。複数の拠点を円状に作り、一つ飛ばしに右回りに移動する。拠点さえ洗い出せれば、予測はできました」
自身ですらすでに意識しなくなった癖を指摘され、デジェストは思わず苦笑する。そんなデジェストに向けて、ティノーは続けた。
「私が正体を明かしたついでに教えてください。貴方は諜報部を抜けてブートストの側近になったのですか?」
デジェストに答える義務はない。だが、なぜか正直に話しても良い気分になった。仮初でもかつて仲間であった相手との再会が、気まぐれを起こさせたのかもしれない。
「その理解は間違っているな。俺は当時から諜報部のウェルウェイユであり、ブートスト様の側近のデジェストでもあった」
「驚きました。兼務していたのですか? 不覚ですが、気付きませんでした」
ティノーの反応に少しだけ愉快な気持ちになる。ゴルベルでもこの事実を知っているものはほとんどいない。
「将軍の側近として堂々としてれば、簡単な変装でも案外気づかれないものだ」
まさかゴルベル四将の側近が、諜報部の末端だと誰も思いはしなかった。
「……やれやれ、これではシヴィを叱れませんね。やはり、情報というものは自分自身の耳と目で確認しなければ……」
「何の話だ?」
「こちらのことです。さて、本題に入りましょう。残念ですが、ウェルウェイユ、いえ、デジェストのほうが良いですか? 貴方にはここで死んでもらいます」
「無理だな。俺のほうが早く、お前を殺すことができる」
「……そういえば暗器の使い方も上手かったですね。懐かしい話です。ですが」
デジェストの背中に熱いものが走った。刺されたのだと瞬時に理解する。同時にそれが致命傷であることも。
「仲間がいたか……俺に気取られないとは、大した腕だ」
「それはどうも」
デジェストの背後にいたサザビーが返事をしても、デジェストはネルフィアから視線を外さない。
「ここまで、か。ならせめて最後はティノー、お前の胸で死にたかったが……」
「残念ですが、その希望は叶えられません」
ネルフィアの言葉に、僅かに口角を上げたデジェストは、ゆっくりと地面に突っ伏した。
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「これで任務完了ですね。サザビー、お疲れ様でした。お見事です」
「それはどうも、それよりもネルフィア。質問があるんですけど」
「なんでしょうか?」
「ネルフィアはゴルベルに潜入していたことがあるんですか?」
「ええ。新人は色々な任務につくものでしょう?」
「それはそうですが……ところで、このデジェスト……ウェルウェイユでしたっけ? と随分と親しそうでしたけど?」
「そうですか?」
「まさかとは思いますが、元、恋人とか、ないですよね?」
「さて、どうでしょうか? そろそろ戻りましょうか」
「あっ! 有耶無耶にはしませんよ! ちょっと、ネルフィア! 聞いていますか!」
騒がしく立ち去る2人。
静寂の戻った部屋に、ひとつの骸だけが残された。
個人的に何処かで決着をつけたかったお話でした。
いかがでしたでしょうか。
次回更新は2月24日からを予定しております。
またどうぞ、お付き合いくださいませ!