【やり直し軍師SS-203】ウルテア動乱④
睨み合うドラクとアイン。
ゆったりとした構えのアインは、ドラクから見ても達人の雰囲気を醸し出している。対面しているだけで、ビリビリとした緊張が肌をなでた。
そんな中でドラクも剣を抜き、一閃に備える。
ナクルの砦に視線を移すと、塁壁上で多数の兵士がこちらの様子を窺っている。
「アイン、少し待て」
ドラクの一言で、両者の間に漂っていた緊張感が、ほんのわずかに緩む。
「何か?」
「塁壁の上にから見ているやつらにも、状況を伝えた方がいいだろ。せっかく賭けが成立しても、当人達が知らぬと言うのは混乱を招くぞ」
「道理ではある」
アインが同意したので、一度剣を下ろすと、塁壁の方に向き直り、大きく息を吸う。
「ドラク=デラッサである!! アインと言葉を交わし、一騎打ちに応じることにした! アインの一撃を俺が受け止めることができなければ、アインを含め砦のもの達がどこへ行こうと自由! 俺の目が黒いうちは、この約束を違えることはない! その逆の場合はアインは俺の部下となる! お前らも俺が引き受ける! 前王デドゥは悪政で民に苦労を強いた! その中にはお前らの友、あるいは親兄弟も含まれるだろ!? 俺はそう言った民草を救うぞ! 俺に力を貸せ!! しばし待つ! 砦のもの達を集めろ! まずはこの戦いを見届けよ!」
ドラクの言葉を受けてか、塁壁上にいた数名の兵士が慌てて姿を消す。それを確認してからアインに向き直った。
「聞いての通りだ。少し時を使うぞ」
「……ああ、分かった」
ゆっくりと穂先を下ろすアイン。その動きに合わせるようにドラクも剣を下げる。
こうしてしばし、奇妙な待機時間が発生したのである。
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ドラクとアインのやり取りを眺めている、ドラクの側近達。エンダランド、フォルク、ネッツは三者三様の表情を見せていた。
深く眉根を寄せているのはフォルクだ。元よりドラク自らが出張ることに反対していたフォルクは、「ドラク様が注目を浴びているうちに、いっそ砦の裏から攻めて殲滅しませんか?」と不穏な言葉を吐いている。
「早く始まんねえかな! ドラク様が勝つに決まってるからな!」と楽しげなのはネッツ。こちらは元よりドラクに盲目的に従ってきた男である。ドラクが敗れるなど毛ほども考えてはいない。
そんなネッツの気楽な発言に、フォルクが異を唱えた。
「ネッツ殿。些か楽天的過ぎませんか? ドラク様に万が一のことがあったらどうするのですか。エンダランド殿も何か言ってください」
そんな風に話を振られたエンダランドは表情を変えずに、「まあ、ネッツが正しい。負けはせんよ」と返す。
「エンダランド殿までそのような根拠のない……」
「いや、フォルクよ。根拠のない話ではないのだ。ここまでの流れで、最早ドラクの負けは考え難い」
「仰っておられる意味がわかりませんが……」
「詐欺みたいなものだ。まず、ドラクがアインに持ちかけた提案。あの段階でドラクは、アインの希望である一騎打ちの“結末を引き下げた”。アインは命のやり取りを希望していたのに、アインの部下を利用して一撃のやり取りへとすり替えた」
「……なるほど。しかし、だからと言ってドラク様の命の保証はできていないように思います。相手はウルテアでも屈指の槍の名手。防げなければ意味はないのでは?」
「そうだ。だからドラクはもう一手打った。それが先ほどの時間稼ぎよ」
「私には理解ができません。なにゆえ時間稼ぎが勝利に?」
「フォルクよ、まずはアインの立場になって考えてみることだ。今回の一件、アインが絶対に成し遂げたいことは、なんだ? 自らの武を見せつけ、この場で散ることか?」
「……いえ。ナクルの砦の助命嘆願が第一ですね」
「正解だ。それを踏まえて、ドラクの言葉を思い返してみよ。ドラクは先ほど、なんと言った?」
「……もしかして、『俺の目が黒いうちは、この約束を違えることはない』ですか?」
「そうだ。すなわち、ドラクが生きていれば契約は履行されると言う意味だ。つまり……」
「アイン将軍がドラク様を殺すことが難しくなった?」
「ああ。本人が理解していようがいまいが、心理的な制約がかかったのは間違いない。そして、ドラクが仕掛けたのはそれだけではない。あいつはその後、デドゥの悪政について訴えた。これもアインの槍を迷わせる」
「迷わせる、ですか?」
「ああ。少なくとも、ナクネにいる兵達の多くはデドゥ王に絶対の忠誠を誓っていたのではないと断言できる」
「なぜです?」
「フォルクともあろう者が、気付かぬか? 忠誠を誓っているなら、この場で降伏という選択は生まれんよ」
「それもそうですね」
「なればこそ、アインも含めて迷いの中で砦を守っていた者達に、ドラクは改めてその疑問に向き合うように宣言したのだ。お前らはこのままでいいのか、と。その上で聞く。部下の助命を第一とし、忠義を尽くすべく相手を見失い、かつ、負ければ忠誠を誓うと約束したアイン=ベルスタインの槍は、ドラク=デラッサを貫くことができるか?」
「それは…………」
「ま、それでもここでドラクが死ぬ可能性がないわけではない。アインがそれらを全て飲み込んでなお、武人として死ぬつもりなら、どうしようもない。しかし、俺にはドラクがこのような場で死ぬような男には見えん。そうは思わんか?」
「……そう、ですね……」
フォルクが考え込むような姿勢になったところで、ネッツが手を叩いた。
「そろそろ再開しそうだぜ!」
そしてこの日をもって、槍の名手アイン=ベルスタインはドラク=デラッサの陣営に加わることとなるのである。