【やり直し軍師SS-201】ウルテア動乱②
ケーダー=イルセンという貴族を、一言で評するとすれば凡夫であろう。
デドゥ王に多額の献金をして取り入ったが、それはバウンズ達、他の貴族達の真似事であった。
ウルテア南部にそこそこの領地を与えられると、とにかく他の貴族の右に倣えで、せっせと民から搾取し、王へと貢いでいた。
そんなケーダーが身の丈に合わぬ野心を持ったのは、南の貴族の多くがドラクの勢いを恐れ、各地へ逃げ出したからだ。
ちょっとした空白地帯のようになった南部でオタオタしていたケーダーは、バウンズが自領で独自勢力を築き、王のように振る舞っていると耳にした。
だから自分でもできるのではないか。安直に過ぎるのだが、そんな風に考えたのである。
その程度の思いつきであったから、全てにおいて見込みが甘い。
それでも幸運であったのは、南部で最も強固であるナクラの砦のすぐ近くに所領があったこと。そして、ナクラの守備を任されるアインという将が義理堅い男で、王の偽書を持ち込んだケーダーに対して礼を尽くしたことだ。
ナクラの砦を手にしたケーダーは、砦やアインの名前を使って、判断に迷っていた南部の兵を取り込み始めた。結果的にナクラの砦には、3500ほどの兵力が集まるに至っている。
ケーダーの情報は遅い。ドラク軍は総勢5000程度の、それも大半は義勇兵という名の素人集団。それがこの男の認識であった。
ウルテア南部を蹂躙し、怒涛の勢いで進軍を続けるドラク軍。
当初こそケーダーの知る戦力であったとしても、今も同じなわけがない。少し考えれば、そんな訳がないのだが、「所詮地方の田舎貴族に、これ以上の協力者など現れない」とたかを括っていたのである。
ケーダーに王の器などない。どころか、指揮官としても三流以下であった。
彼は驚くべきことに、1万を超えるドラク軍が気勢を上げて砦に近づく様を見て、あろうことか全てを投げ出して逃げたのである。
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軍議の場にいつまで経っても現れぬケーダー。不審に思ったアインの指示で部下が呼びに走ったところで、その存在が消え失せたことが発覚した。
それでもまさか、という気持ちから、主だった者達総出でケーダーの行方を探すと、門兵より「緊急の用がある」と言ってケーダーが砦を出たという事実が。
「指揮官自ら、逃げたというのか……」
ケーダーの誘いに応じて砦に入っていた若い貴族が、絶望的な声で呟く。もはや怒りを通り越して呆れるしかない。周囲の者達を巻き込んでおきながら、敵が迫ったら一人で逃げるなど、アインの想像の埒外である。
「アイン様、もはや……」
長年アインの副官を務めていた将が、苦しそうに口にする。その続きは言わずともわかる。今、砦の中は絶望の二文字が支配している。軍議の場にいる面々だけではない。末端の兵士に至るまでだ。
これはアイン達のケーダー探しの騒ぎの結果、兵達にもケーダー逃亡が知られたことにある。アイン達が不用意だったと言えばそれまでだが、まさか一人で逃げ出したなどと思ってもみなかったので不可抗力であった。
士気は地に落ち、敵は倍以上、それもドラク自らが率いている。
負けは約束されたようなもの。
「降伏しよう」
アインが決断した。ケーダーがいない以上、本来砦を預かっていたアインが決めることに、誰からも異論は出ない。
「ヤロン、頼みがある」
アインは副官のヤロンへ視線を向ける。
「はっ。降伏の使者ですか?」
「いや、それは私が自ら赴こう。降伏は必ずまとめてみせる。だから、ドラクに降伏した者達の取りまとめを頼みたい」
「……どういう意味でしょうか?」
「どうあれ、私はこの砦を守ることができなかった。せめて、我が武を以て、責任を取りたいのだ」
「まさか、一人戦いを挑まれるつもりか!? 相手は一万の兵ですぞ!」
「分かっている。私の命はここで散るであろう。我が命と引き換え、という形で砦の者達の助命嘆願をする」
「そのようなことをせずとも、ドラクは降伏を認めるのではないですか?」
「分からん。寛大な男だとも、苛烈な男だとも耳にする。噂はあてにならん。実際にこの目で確かめたい」
「アイン様……」
「いや、随分と大層な言い方になってしまったが、要は、私が何もせずに負けるのが嫌なだけなのだ。死んでも良いから、意地を通したい。ただの我儘なのだ」
「ならば私も一緒に……」
「ダメだ。残された兵のためにも、どうか、私の命令を聞いてほしい」
「……かしこまり、ました」
こうしてアインは一人砦を出て、迫り来るドラク軍の前に立ちはだかったのである。