【やり直し軍師SS-2】ショルツ②
「ただいま」
ショルツが自宅の扉を開けると、小さな怪物たちがショルツの胸に飛び込んでくる。
「おかえり!」
「お帰りなさい!」
「ああ、ただいま。レベッカ、ジュノス。良い子にしていたかい?」
2人を抱き上げたショルツを、妻のオーレンも「お帰りなさい」と出迎える。
「ただいま、オーレン。何か変わったことはなかったかな?」
「何も。今日も平和よ」
「そうか。それは何よりだ。さあ、レベッカ、ジュノス、降りて。夕食にしよう」
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「……やっぱりルデクが攻めてくるかも知れないの?」
子供達が眠った後、オーレンと二人で会話をしている中で、彼女が不安そうに口にした。
ルデクでの敗戦は既に市民の知るところだ。人々は密やかに、逆にルデクが攻めてくるかも知れないと噂し合っている。それは当然だ。裏切ったのはこちらで、見事に返り討ちにあったのだから。
さらにここにきて三国同盟の発表。これにはショルツも驚いた。
ゴルベルはまだ分からないでもない。ルデクが先だって大きな勝利を収めていたからだ。
状況を考えれば、一部領土の返還を餌に停戦など、何らかの取引が行われる可能性があるとは踏んでいた。だがまさか、帝国とルデクが同盟するとは。
リフレアは三国同盟によって一転窮地に陥った。大義はルデクにあり、勢いも彼の国にある。
リフレアの首脳陣も馬鹿ではないだろうから、対抗策としてツァナデフォルやルブラルとの連携を探っているはず。どこまで信用できるのかは不透明だが。
状況は厳しい。しかし、ショルツはなるべく明るい声でオーレンに応える。
「何、確かにルデクはこちらに厳しい視線を向けている。だが、安心すると良い。宗都まで攻め寄せてくることはないさ。精々が国境付近でのやり合いになるだけだ」
「そう……。けれど、貴方も出陣することになるんじゃないの?」
「……そうだね。こればかりは上層部の判断になるが、前線に出る可能性は高い」
「……なんでこんなことに……」
その言葉は多分、オーレンが自分の妻であるからだけではないはずだ。先だっての敗戦だけではない。三国同盟も、宣戦布告もルデクは広く喧伝した。いくら上層部が情報統制をしたところで限界がある。
リフレアの一般市民からすれば、なぜ、このような状況になっているか理解しかねるのだろう。
ショルツも全てを把握しているわけではない。騎士団に流れてくる情報は少ない。そんな中ではっきりしているのは、上層部が、正確には正導会がルデクを敵視しており、滅ぼそうとしていたという事。
計画の中心にいたのは正導会を率いるネロ=ブラディア。そしてその弟、サクリ=ブラディアだ。ただ、サクリはネロから疎んじられている。理由はサクリの容姿を見れば、リフレアに住まう者なら「ああ」と思い当たる。
サクリはリフレアのお家芸である他国を動かすことでルデクを脅かしてゆき、最後の締めとして聖騎士団を出したのだ。
ーーーだが、負けたーーー
今までリフレアは平和だった。自分たちの住まう地が戦火にさらされる可能性など、ほとんどの者達が考えていなかったはずだ。
「あなた……」
「ああ、すまない少し考え事をしていた」
心配そうにショルツを見つめるオーレン。ショルツは明るい声で言う。
「心配はいらないさ。我々聖騎士団は強い。国境でルデクを追い返してみせるよ」
そんな風に言いながらも、胸の中にある一抹の不安は拭えないままだった。
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後日、聖騎士団の主だった者達はサクリによって集められる。
いよいよ戦かと表情を引き締めて席についたショルツ達に、サクリの言葉は少々意外な物であった。
「ルデクはすぐには攻めて来ぬ。今のうちに防衛線を張る」
「攻めて来ない? 事実なのですかな? 根拠は?」
同僚のエルドワドの疑問は、この場にいる全員の思いだ。
「これから説明する」
そのように言ったサクリは、ルデクが攻め寄せてこない理由を淡々と説明する。
「……主な理由は戦力不足、か……確かに予測できた話だが……」
腕を組み唸り考え込むエルドワド。ショルツとしてもサクリの言うことは理路整然として、納得できることは多かった。なるほど、あれだけ疎まれながらも重用されるだけのことはある。
「そこで、だ。我々はルデクを入り口で塞いでしまおうと思う」
「……もしかして、フェマス、ではないですか?」
ショルツの言葉に「ほう」と片眉を上げるサクリ。
「ショルツ殿の言う通りである。フェマスの地を丸ごと要塞化する。そして時を稼ぐ」
「時を稼ぐとどうなるのだ?」
エルドワドが再度問うた。
「先ほども申し上げたように、ルデクに兵の余裕はない。立て直したとしてもたかが知れておる。ルデクはできる限り短期間で戦いを終えたいはず。そうでなければ柔らかい横腹に喰らいつく国がいないとも限らぬからの」
くつくつと暗い笑いを出すサクリ。
三国同盟が成った以上、横腹を喰らうとすればルブラルか。サクリは既にルブラルと密約を交わしていると言うことか?
「とにかく、時は我らに味方する。その間にフェマスの要塞化を急ぎたい」
そのように言いながら、広げた計画書。
それは馬鹿馬鹿しいほどに大規模で、無事に完成すれば攻め寄せるルデクの兵士を気の毒に思うほどの内容であった。