【やり直し軍師SS-199】雨、上がりて⑥
今回の更新はここまでですが、本日12時に人物辞典も更新いたします!
次回は2月2日からの更新再開予定。
ドラクの話の続きを書きたいと思います!
ウルテアの北部、ラーマン地方にデドゥの一派が逃げ込んでいた。ここはデドゥの現妃であるライリーンの実家が統治している。
「あのしれ者め! 王への恩を仇で返すか!」
激昂しながらグラスを投げつけるは、そのライリーンである。グラスは地面で弾け、満たされていたワインが絨毯に染み込んでゆく。
現在、旧王派を率いているのは、このライリーンに他ならない。元より野心に溢れたライリーンは、王をたぶらかし、前妻とその息子を暗殺すると、王妃の位置へと座ることに成功した。
その気勢は王都から逃げおおせた今も衰えることはない。即座に王都を奪還し、ドラクと与した者たちを皆殺しにした上、街道にその首を並べてやると意気軒昂である。
とはいえ、先立つものは何もない。親衛隊はバウンズ領にあり、兵力といえば実家とその傘下の貴族の私兵が僅かばかり。
当然のことながら、義勇兵が集まることなどない。王の悪政、それこそが今回の原因であるのだから。
しかし、ライリーンたちには兵はないが“人脈”はある。ライリーンは精力的に各国の王や貴族に助けを求める使者を送った。それこそのべつまくなしに、だ。
ライリーンが立腹しているのは各国の対応ではない、バウンズに対してである。
――王の無念を晴らし、逆賊ドラクを討つゆえ、預けてある親衛隊を率い早急に馳せ参じよ――
そのライリーンの命令を、バウンズは平然と拒否した。それもほぼ無視に近い形で。
「あやつ。下衆な三下の分際で、親衛隊を抱えたくらいで偽王を気取るか!」
ライリーンの怒りは収まらない。だからと言って、こちらからバウンズに攻め込むような兵力もない。相手は親衛隊8000を抱えているのだ。バウンズ領にいる兵士を含めれば1万はゆうに超える。今、正面からぶつかっても勝ち目は皆無。
ライリーンは謀略でのし上がってきた女だ。馬鹿ではない。だが、怒りはそうそう収まらない。
この陣営において、もはや女帝と化したライリーンの怒りを納められるほどの人材もおらず、取り巻きたちはただ、嵐が収まるまで耐えるしかなかった。
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ウルテアの西部はバウンズの王国である。
王に取り入り、着々と領土を広げると同時に、意のままに出来る貴族を周辺で飼った。こうしてデドゥ王の元で貴族でも最大の所領を抱えるに至ったバウンズにとって、今回の一件は快哉を上げるべき出来事と言える。
馬鹿が暴走し、奇跡的に王を弑した。
あの時バウンズはデドゥ王と共にあったのである。自分も一枚噛んでいる一件だ。王の覚えめでたきバウンズは、物見遊山気分で同行したのだ。
そして起きた事変。混乱の中、王都へ戻るのは罠があるかもしれないから危険と扇動し、親衛隊を自領へ引き入れたのは他でもないバウンズ自身である。
こうしてバウンズは労せずしてウルテア最大の兵力を手にする。バウンズは親衛隊長を懐柔しつつ、時を待った。ドラクが勢いに乗って王都を制圧するのを。
バウンズの想定通りに王都が制圧され、ウルテア東部の多くがドラクの統治下に入ると、ようやくバウンズは表立ってドラクの非難を始める。
しかし腹の中は笑いしかない。王族は情けなくも逃げおおせ、親衛隊が王都へ戻る必要性は消え失せた。
当然、王族の元へ戻るべきという意見もある。だが、なんの抵抗もできずに逃げた王族への不満も強く、元よりデドゥも、その妃もあまり人気がない。バウンズはそれらの感情をうまく煽り、王族、期待できずという空気を作り出す。
――大義は私にある。これで、親衛隊を率いた私が王都を奪還すれば、その先は――
バウンズの隆盛は、今まさに頂点を極めようとしていた。
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「ようし! 野郎ども! 準備は良いか!」
ドラクが威勢よく声を上げると、各所から気炎が立ち上った。
「おい。周辺には難敵はいないはずだが、気を抜くなよ」
エンダランドが苦言を呈してくる。
「当然だ。だが、勢いは大事だ。お前はその辺が地味だ」
「な!? 地味だと!」
「ははは! そう腹を立てるな。小言は後で聞く! まずはウルテア南部を平らげるぞ!」
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三者三様の思惑が動きはじめたウルテア。これよりこの国は、大いなる混迷の渦へと身を投じてゆくのである。




