【やり直し軍師SS-198】雨、上がりて⑤
一旦オリヴィアの部屋を後にし、玉座の間に戻るドラク達。
オリヴィアに関してはひとまず話がまとまったので後回し。とりあえず、自由に動いて良いとの許可は与え、戻ったらそれをすぐに周知させる。
念の為、そしてオリヴィアの身の安全のためにも、しばらくはオリヴィアに監視役をつけさせるということで落ち着いた。
オリヴィアも言っていた通り、まずは周辺に兵を出し、自身の統治範囲を拡大、確保しなければならない。
そんな道中のことだ。エンダランドが不意に、「すぐにではないが、少々頼みがある」と口にする。
「なんだ?」
「俺の義父に会ってほしいのだ」
「義父? お前、養子縁組だったのか?」
エンダランドの実家は有力な商家だ。もしかしたら、という思いがよぎる。だが、エンダランドは首を振った。
「違う、俺の妻の父だ」
その言葉にドラクは足を止めた。
「おいおい? お前結婚していたのか? 聞いてねえぞ?」
「それはそうだ。言っていないからな。というか、今回の一件が成功したから、俺は婚儀をあげたことになった」
「あげたことになった?」
「歩きながら話そう」
エンダランドに促され、ドラクも再び足を動かす。
エンダランドの説明によれば、元々エンダランドの才能に惚れ込んだとある商家の主人がいた。その主から、以前より自身の娘と身を固めるように勧められていたそうだ。娘のほうも満更ではなかったらしい。
しかしエンダランドは仕えるべき相手を求めてぶらぶらしており、娘のことは憎からず思ってはいたが、婚儀を上げるつもりはなかった。
「どうせ、しばらくすれば諦めると思っていたのだが」
しかしエンダランドの思惑ははずれ、商家の主人も、その娘も、エンダランドがたまに帰省したと耳にすれば、わざわざ挨拶にやってくることを止めなかった。
そのように礼を尽くす相手に対して、流石のエンダランドとてなんの感情もないわけではない。ドラク達が耐え忍び、時を稼がなければならないと覚悟を決めた頃、エンダランドはその商家を訪ね、己の置かれた現状を正直に話したのである。
今、エンダランドが仕えているのは、器あれど短慮で危なっかしい若造。つまりドラクであること。それから王に目をつけられ、すでに風前の灯と言って良い危機にあることなどを。
その上で改めて正式に、2人に断りの返事を伝えたのだ。「このような明日をも分からぬ不義理な人間のことなど、忘れた方が良い」と。
ところがだ、話は思わぬ方向に転がった。商家の主人は言ったのだ『エンダランドが認めたほどの御仁。ならば私も興味がある。では、こうしてはどうか。事情を聞くに、当面の金に困ることになろう。ならば私が支援させていただく。代わりに、もしもその者が栄達することあらば、我が商会に大いに便宜を図ってもらいたい。また、そのよしには、娘と身を固めてもらいたい』と。
「……2年間の金の出どころは、そこだったのか」
「ああ。そして俺はその話に乗った。結果、義父は賭けに勝った。ま、今のところはだがな。それで今、義父達は王都へ向かっている最中のはずだ。出陣前に時間があれば、難しければ後でも構わんが、会ってもらえないだろうか」
「無論だ。何をおいても優先して会う。今、俺たちがこうして生き残っていられたのは、そいつらのおかげだ」
「感謝する。では、到着したらすぐに伝える」
「ああ。頼んだ。それで、なんという商家なんだ?」
「オード商会という」
「聞いたことはないな」
「だろうな。私の実家の方ではそれなりの規模で商いをしているが、ウルテアにまで聞こえるほどではない」
そんな会話をしながら玉座の間へ戻ると、待っていた配下達と共に、今後の出兵についての話し合いへと突入するのだった。
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「オード商会、フェンデ=オードでございます」
「その娘、エーラと申します」
玉座に座るドラクへ跪く2人。
「ドラク=デラッサだ。エンダランドより話は聞いている。まずは、貴殿らに感謝を」
「恐れおおきことです。ドラク様。まずは先の勝利、おめでとう存じます」
「ああ。だがまだ、状況は予断を許してはおらん。だが、恩には報いたいと思う。差し当たって今、我が軍は義勇兵が多く武器や鎧が不足している。フェンデ、お前の方で揃えることはできるか? 無論金は払う。金は王宮より接収しているから心配はするな」
ドラクの問いにフェンデは力強く己の胸を叩く。
「なれば、早急に用立てて見せましょう」
「ならばすべてフェンデに任せる。多少割高でも構わんぞ。今までのことを考えれば、なんの文句もない」
そのように伝えると、フェンデは首を振った。
「いえ、それならば私は、先のことを考えてなるべく安く、良いものを仕入れましょう」
「その心意気やよし。オード商会は俺の最初の御用商人とする。俺がでかくなればそれだけ利益が上げられよう! よろしく頼む」
「はっ。ありがたく」
「それと……」
「他に何か?」
「婚儀の件、めでたいことだ。エンダランドは俺にとっても信のおける腹心である。末長く、よろしく頼む」
ドラクの言葉にエーラは微笑み、隣にいたエンダランドは、なんとも気恥ずかしげにドラクから目を逸らすのであった。