【やり直し軍師SS-197】雨、上がりて④
オリヴィアに対するドラクの第一印象は、「似てねえな」である。
父、デドゥ王とはかけ離れた容姿だ。背筋を伸ばして姿勢良く座るその姿からも、スラリとした長身であることが見てとれた。
肌の色の白さを見れば、半幽閉状態であったことは概ね事実だろう。それにこの部屋の調度品は良いものだが、全体的に少し古い。座っている女性の歳からすれば幼く感じる。
「オリヴィア様、せめて、お立ちになられてはいかがか?」
ドラクがやってきても、座ったままの姿勢で澄ましているオリヴィアに対して、バッファードが苦言を呈した。
今、オリヴィアの生殺与奪の権利を握っているのはドラクだ。オリヴィアは礼を尽くして出迎えてしかるべきである。
だが、オリヴィアは動じない。そのままの姿勢で、「我と取引をしよう、ドラク」と、少し掠れたような声で口にした。
「オリヴィア様!」
バッファードが口調を強めるが、それをドラクは止めた。ドラクは初対面でもっと無礼だったやつを知っている。というか、今隣に立っている。今更この程度で動じることはない。
オリヴィアの視線を真正面に受け止めたまま、ドラクは真っ直ぐにオリヴィアに歩み寄る。そうして近くにあった椅子を掴んで座り、目線の高さを合わせた。
「“取引”というくらいだ、何か提供できるものがあっての話なんだろうな?」
「当然じゃ。まあ、宮殿に乗り込んできたのが馬鹿ではなくて良かった。時にドラク、お前は現状をきちんと把握しているか?」
「どういう意味だ? 取り巻く環境か? それともお前の厄介さか?」
「もちろん、環境である。お前は楽観的に考えているかもしれんが、これからこの国は麻のように乱れるぞ」
到底年下とは思えぬ話し方で、滔々と言葉を紡ぐオリヴィア。その態度はもはや、何かを達観したような老女のようだ。ドラクであっても若干の気後れを感じる。
「そうはさせねえさ。俺が一気に併呑してやる。現に、俺の元には次々と人が集まってきている」
「うむ。お前の人気は本物であろうな。だが、それはまだ、正確にはお前自身のモノではない。あくまで我が父の悪政に対する反発によるものだ。このままの勢いが続くと考えるのは甘すぎる」
「ぐっ」
オリヴィアの言うことは正論だ。今の状況が一過性のものであるということは、ドラクも危惧している。
「とはいえ、しばらくは安泰であろう。王都で胡座をかかず、必死になって周辺を飲み込んでいる間は」
「……玉座で居眠りをするつもりはねえ」
「それは重畳。だが、時が足りぬ。逃げた者達が“外”に助けを求めるぞ。“外”が舌なめずりをしてやってくる。そうなればもはや、お前の負けは必定」
「周辺国の参戦、か」
「うむ。逃げた者らは腐っても王族、そして貴族ども。“外”とのつながりも太い。放っておけば必ずそうなる」
ドラクがバッファードにチラリと視線を移すと、バッファードは渋い顔をする。否定できるほどの理由がないのだろう。
「……まあ、どの国が相手になろうがかまいやしねえ。俺は相手が誰だろうと、もはや歩みは止めん。戦って、勝つだけだ」
「やはり馬鹿か。しかし、まあ、覚悟はある馬鹿だな」
「馬鹿馬鹿うるせえ。それよりも、お前の言う取引材料ってなんだ?」
「私と盟を結べ。さすれば、私が“外”の動きを鈍らせてやる。知っての通り、我も王族。そして新顔の奴らよりも顔が効く相手もいる。完全には無理だが、“外”の動きを鈍らせることはできる」
「……俺が払う対価は?」
「我の身の安全と、自由」
「自由? どこかへ行くのか?」
「違う。我がこの王宮のどこを出歩いても良い自由が欲しい」
……それは。思いの外切実な希望。声が掠れているのは普段あまり人と接することが許されていないからなのか。なるほど、新たな妃達はこうして彼女に緩やかな死を与えようとしていたか。
「……俺の部下には……」
「ならん。もはや情愛などないとはいえ、腐っても父王を殺された我がお前の傘下に加わるは、我も、そして世間も納得せぬ」
「それもそうか? ではどうするのだ」
「配下にはならぬ。だが、協力者という立場であれば良い。世間には……そうだな、何か物語を作れ。泣ける話が良い」
「話? どんな?」
「馬鹿。それくらいは考えよ。お前の配下は何人もいるのだろう?」
「しかし、作り話くらいでどうにかなるもんなのか?」
「なるかどうかは、その物語次第。人は自分の信じたいものを信じる。それが耳さわりの良いものであればなおのこと。事実などはどうでも良い」
「……嫌な考え方だな」
「王族とはそんなものだ。それが嫌なら、この我を斬るか?」
「……その場合はどうなる?」
「我が首、飛ぶその時まで、お前の非道を謳い続ける」
「……それは勘弁だな。分かった。オリヴィア、お前の盟、このドラク=デラッサが受けよう」
こうしてその日、ドラクの陣営に新たな戦力が加わった。