【やり直し軍師SS-195】雨、上がりて②
王都アランカル。その玉座の間でドラクを待っていたのは、エンダランドとバッファードである。
「エンダランド、上手くやったじゃねえか」
反乱軍たるドラク軍に制圧されたはずの王都アランカルには、驚くほど混乱がない。ドラクが街を通過した限りでは、建物の破損なども見当たらなかった。
そんなドラクの言葉に、エンダランドは苦笑で返す。
「制圧というより、接収に近かったからな」
エンダランドが流布した親衛隊が戻らぬという噂。そして実際に兵の一人も帰還しない状況に、王都にいた旧王派の者達は、蜘蛛の子を散らすように逃げ出したという。
その中にはデドゥの一族も含まれる。だか、ドラクとエンダランドは王都の確保を最優先と考えていたので、逃げる相手をいちいち相手にするつもりは最初から無かった。
状況はドラク達の想像以上に味方をしている。無傷で手に入れた王都に加え、懸念していた兵力不足においては、既に5000を超える義勇兵が集まっており、今後なおも増えそうだ。
アランカルにはバッファードが取りまとめてくれた1500の兵士がいた。つまり、ドラク軍の兵力はすでに6500以上。堂々の勢力と胸を張って良い。
ドラクはエンダランドを労った後、バッファードへ視線を移すと、まずは頭を下げる。
「バッファード殿、おかげで無事に王都を手にすることができた。礼を言う」
バッファードが鷹揚に頷いてから
「何、成し遂げたのは貴殿ぞ。それよりもこれ以上の礼は不要。私のことも臣下と同じく扱うが良い」
バッファードは自ら頂点に立つつもりがなく、国政が良い方向に向かうのであれば、ドラクに膝をついても構わないと言う話を聞いている。
「……分かった。ではバッファード、今度とも頼りにさせてもらう。よろしく頼む」
「おまかせを。さあ、まずは、そちらへ」
そのように言いながらバッファードが手をかざした先にあったのは、玉座だ。ほんの数ヶ月前まで、ドラクがこの場でひざまづいて罵倒を浴びていた場所である。
あの時玉座に座っていた男は、すでにこの世にいない。
「…………」
しばし立ちすくむドラクを見て、エンダランドが「どうかしたのか?」と聞いてくる。
「いや、何でもない」
ドラクは一歩踏み出してみる。何というか、不思議な気持ちだ。玉座に近づくごとに、何か逃れられぬ運命のようなものに首筋を触られるような心地だった。
――退くなら、今のうち――
誰かが耳元で、そんなふうに囁いているようにさえ思う。
「……上等だ」
誰だか知らんが、このドラク、これ以上は他人の言葉で己を翻すことはない。全身に気合いを巡らせると、一気に玉座へ近づき、その前で背後へくるりと向き直る。
玉座の間にいるのは、わずかばかりのドラクの側近だけだ。それらを見渡すと、どかりと玉座に座った。
「よし。アランカルはこのドラク=デラッサが手に入れた! だがまだ、初手もいいところだ! お前ら! 気を抜くんじゃねえぞ!」
「「「「おお!!」」」」
側近から威勢の良い返事が返ってくると、ほんの少しだけ、心の中に“王”と言う名の炎が灯ったような気がしたのだ。
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「で、どこから手をつける?」
玉座に座ってすぐに始まった軍議、王都アランカルをほぼ無血で手にいれて順調そのものに見えるが、現実はそこまで甘くない。問題は山積みだ。
まずそもそも、ドラクが実効支配している地域はまだ多くない。元のデラッサ領からアランカルまでの道中のみとなる。
親衛隊が逃げたバウンズ領はもちろん、王都から逃げたデドゥ派の者達も、それぞれ独自の勢力を確立する恐れもあった。
周辺国に支援を求め、これを機に新たな王を目指す者もいるだろう。のんびりしていれば、それらの相手に飲み込まれて終わりとなってしまう。
早急な状況精査と、速やかな各地の制圧。何はなくともこれがまずは最優先。
大軍を動かす以上、兵糧の問題も考えなくてはならない。王都を押さえたことで当面は心配ないだろうが、無尽蔵ではない。制圧先で掠取するような真似をすれば、ドラクは瞬く間に大義を失ってしまう。
それから人材。ドラク自身、先日の奇襲戦が初陣なのだ。早急な制圧を目指そうとも、戦に負けては話にならない。義勇兵が明日突然強くなることはない。ならば、指揮で何とかするしかない。優秀な指揮官が欲しい。
周辺国への配慮も必要だが、正直人を回す余裕がない。当面は諦め、余裕ができたところで状況に応じて対応するしかなかった。
「ドラク王よ、一つ良いか」
玉座に座った瞬間から、エンダランドが呼び方を変えてきた。
「なんだ?」
「後で会ってもらいたい相手がいる」
「誰だ?」
「旧王族だ」
「旧王族? 皆逃げたんじゃなかったのか?」
「ああ。この一人を除いて、逃げた」
エンダランドの言葉に、一人だけ頭に浮かんだ人物がいる。
「オリヴィアか?」
「ああ」
オリヴィア姫。デドゥ王の実子でありながら、“王族で最も死に近い姫”とあだ名された娘だった。