【やり直し軍師SS-192】ルファの人脈(上)
僕がそのことを考え始めたきっかけは、ラピリアがレヴにしてくれた文字の教本だった。
「新しい学舎って、どう思う?」
政務がひと段落して、お茶を飲んでいた最中、僕がポロリとこぼした言葉。
一緒にいたラピリアとウィックハルト、それにルファは、唐突な一言に小首を傾げる。
「学舎? なんのかしら?」
「なんていうか、なんでも学べて、大人も通える、みたいな?」
「どうして疑問形?」
「ふと、思いついただけなんだよ。そんな学校があったらどうかなって」
ルデクは各地に支援金を配って、子供たちが最低限読み書きを学ぶ場所は提供している。けれど、それ以上の知識を得ようとなると、独学か、商家などで実践の中から学んでいくしかないのだ。
両親を相次いで失った僕は、遠縁を頼って王都へ来て、親戚の営んでいた小さな商店を手伝っていたことがある。
その時身につけた事務処理能力が、後に文官として採用される大きな助けとなったのは間違いない。
子供の頃、両親がお金を出して通わせてくれた学び舎での基本的な計算の知識だけでは、仕官は少し厳しかったかもしれない。
そんな経験とレヴの話があって、なんらかの専門的な学舎は作れないものかと考えたのだ。
それに今後は、様々な技術の専門家を育ててゆく必要性も薄々感じていた。
「……なるほど」
ウィックハルトが相槌を打つも、あまりピンときていないようだ。ラピリアも同様。
この2人は貴族の出身だから、家庭教師から学んできたのだ。ウィックハルトには弓専門の教師すらいたし、偉大な祖父を持つラピリアも当然しっかりとした教育を受けている。
彼らは大人になった今でも、本人が望めば専属の教師を雇って学ぶことは容易。ゆえに頭では理解できるが、と言った感じなのだろう。
「ロア、それすっごくいいと思う!」
そんな中で一番食いついたのはルファだ。
「街でもね、もっと勉強したいって言っている大人の人、結構いるんだよ!」
もはや僕らの誰よりもルデクトラドの市井に詳しいルファである。ここはルファの話が一番参考になりそうだ。
「へえ、どんな人が学びたいって?」
「いろんな人がいるよ。干し肉屋のモックおじさんは数字が好きで、数字の使い方をもっと知りたいって。門番のパッカートさんは裁縫に興味があるって言ってたし、宿屋のメイスさんは料理も、言葉も勉強したいって。他にもねー」
「あ、待った待った。順繰り聞こうか。箇条書きにするから準備させて」
僕は指折り話始めるルファを一度押し留める。そんな僕らの間にラピリアが口を挟んだ。
「でも、文字や算術はすでに各所に学舎があるでしょ?」
指摘の通り、どの街村にも小さな学舎はある。特に王都ルデクトラドにはしっかりとした立派な建物も建っていた。でも……
「大人になると一回の授業にお金がかかるし、内容も子供向けだし、それに時間が難しいんだって!」
ルファのいう通り。国が無償支援するのは9歳まで。それ以上の年齢の場合は費用がかかる。
また、僕の地元もそうだったけれど、文字の読み書き以外の学問は別料金なうえ、基礎的な教えが大半だ。
それと、どうしても時間は日中になるから、仕事を持つ人たちにはなかなか参加し難い部分がある。
僕がそのように補足すると、するとウィックハルトがポツリと呟く。
「ならば、二部制、三部制にしてはどうですか? 早朝、日中、夜間など」
「うん。ウィックハルトの考え方は悪くないと思う。三部制はあまり現実的じゃないから、午前と夜の二部制とかは良いかもね」
ウィックハルトに負けじと、ラピリアも
「それなら、それぞれの専門知識の時間割みたいなものがあったら便利よね」
「いいね。その人が知りたいものを学べる日だけ、学舎にやってくればいい」
こうして様々に思い思いの意見をあげるけれど、これはあくまで茶飲み話。今のところ、具体的な話ではないし、実際にやろうとすれば教える人材の確保や費用を含め、ざまざまな問題点がある。
当然ゼウラシア王にも許可を取らないとだし、結局、色々余裕があったら考えたいよね、なんて感じで僕らは仕事に戻ったのだ。
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「ロア! 何とかなるかも!」
「ん? 何が? あれ? ポーラ様? それに王子も?」
何やら鼻息荒く登場したルファは、貴族院の中心人物で法の番人であるポーラ女史と、お馴染みのゼランド王子を両側に引き連れて、手を腰に当てて胸を張っている。
「ほら、忘れちゃったの? この間話していた、新しい学舎の話」
「ああ、この間の……え。じゃあその二人はもしかして……」
僕の言葉に、ゼランド王子は頷く。
「ルファから聞いたのです。先生がまた面白いことを考えていると。父上にも話したところ、乗り気でありました」
さらにはポーラ女史も続く。
「私もこれは一考に値する件と捉えました。人材に関してですが、貴族の方で何とかなるかもしれません」
などという。
「何とかなる、ですか?」
「ええ。教師については、引退した貴族はいかがですか? その方達は暇を持て余しておりますし、一流の教育を受けています。自らの知識を活かせるとあれば、協力してくれる方は多いはずです」
「なるほど……」
確かにかなり現実的な話だ。
「多分、ルファが声をかければそれなりの人々が協力してくれるはずです」
「え?」
僕はまだよくわかっていなかったけれど、この後、ルファの人脈を思い知ることになる。




