【やり直し軍師SS-191】志、二つ。(下)
俺は剣ごと吹き飛ばされて壁際まで転がり、ようやく息を吐き出す。そしてどうにかよろよろと立ち上がると、「……負けました」と礼をした。
一般兵相手なら、片手で圧倒できる程度の腕は備えている。だが、きちんと訓練を積んだ正規の騎士団相手では、自分の実力を思い知らされることのほうが圧倒的に多かった。
悔しいが、こちらは所詮貴族の剣技。実戦を重ねた相手と互角に戦うには、膂力も技術も、全てが足りない。
個人技もだが、指揮官としての能力も同様だ。こちらも客観的に己を見て、話にならないと感じている。
集団戦において、俺の知識は全くと言って良いほど役に立っていない。いや、知識の問題ではなく、実践において学んだことを活かす難しさを痛感するような日々である。
しかし、悩む暇など一時もない。
第10騎士団はいつでも出陣できるように、臨戦態勢を保持している。そんな緊張感の中で訓練を重ねていた。
ただでさえ騎士団としての習熟度が足りない第10騎士団ゆえに、おろそかにして良い時間など小指ほどもないのだ。
俺は奥歯を噛み締めながら、痛打した脇腹を押さえて端に寄る。
「大丈夫か、フレイン?」
同じ時期に入団したシュエルが、全く心配していない声音でニヤニヤと声をかけてきた。こいつは金に目が眩んで入団を決めた口で、とにかく調子がいい。
「平気だ。お前は個人戦、参加しないのか?」
「いや、今日はちょっと怪我していてな」
シュエルは明らかなサボりであるにも関わらず、さも怪我をしているかのように右腕をさする。
よくまあこんな奴が合格したものだと思うが、レイズ様から何か見所があると思われたのだろう。
「おっ。それよりも次は戦姫だぜ」
それは最近つけられたラピリアのあだ名であった。面と向かって呼ぶ奴はいないし、どこか馬鹿にした雰囲気を含んでいる。どちらかといえば陰口に近い。
ラピリアもまた、俺と似たようなものだ。最初こそ才能の片鱗を見せていたが、その後はひたすらに屈辱を味わい続けている。
生意気な女だが、しかし、その根性だけは認めざるを得ない。
すぐに逃げ帰るどころか、誰よりも熱心に訓練に参加しており、腕や足は青あざだらけだ。
ラピリアは身軽さを活かして機敏に動き、相手を撹乱しながら攻め口を探っていたが、最終的には力負けという形で膝をついた。
唇を噛みながら引き下がるラピリアを見て、俺はもう一度個人戦に参加するために立ち上がる。
あの女にだけは負けていられない。そんな気持ちを奮い立たせた。
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「出陣する! 準備を急げ!!」
第10騎士団が居並ぶ中、グランツ様の怒声のような命令が轟く。
帝国の動きを察知したのだ。騎士団の動きが一気に慌ただしくなる。
そんな中で、俺とラピリアはレイズ様に呼び出された。
なんとなく競うように早歩きでレイズ様の執務室へ向かい、部屋に入る。レイズ様はこちらに一瞬視線を向けると、再び手元の書類に目を落とす。
「来たか。知っての通り出撃前で少々慌ただしいのでな、端的に伝えさせてもらう」
続きを待つ俺たちに申し伝えられたのは、衝撃の一言。
「フレイン、ラピリア、お前たちは今回の戦いに参加させない。王都で待機だ」
「なぜですか!? 私は戦えます!」
即座にラピリアが噛みつく。そこでレイズ様はようやく書類を置き、顔を上げた。
「そう言うだろうなと思って、直接呼んだのだ。お前たちはまだまだ未熟だ」
はっきり言われると、悔しさが込み上げてくる。だが、レイズ様はその後、思いの外優しげな顔をして、続ける。
「誤解してもらっては困る。私はお前たちに期待している。いずれは第10騎士団の中核を担ってもらえるのではないかと、な」
「ならば尚のこと、経験を積む必要があるのではないですか?」
俺も何とか食い下がろうとするが、レイズ様は首を振った。
「ああ、経験は必要だ。だが、それにはまだ基礎が足りん。今回の戦いでは、お前たちは足手纏いにしかならない」
未熟、足手纏いと重ねられて、言葉に詰まる俺達。
「だが、先ほども言ったように、私はお前たちに期待している。今はまだ、我慢して修練を積んでほしい。話は以上だ。退出せよ」
レイズ様が忙しいことは分かりきっている。これ以上俺たちのわがままで手を煩わせるわけにはいかない。
「……分かりました。失礼します。……ご武運を」
「ああ、ありがとう」
こうして執務室を辞した俺たちは、とぼとぼと肩を落として歩いた。
自分自身に腹がたつ。実力不足も、レイズ様に気を使わせたという事実も。
ふと隣を見れば、ラピリアが肩を震わせていた。
「お前、泣いて……」
「泣いてないわよ! 泣いてる暇なんてないの! すぐにでも修練を始めないと! 今度はおいていかれないように!」
「……そうだよな」
ラピリアのいう通りだ。レイズ様はこの忙しい中でわざわざ、俺たちに“期待している”と言ってくれたのだ。いじけている暇などない。
「……ちょっとこの後、個人戦に付き合えよ」
「……いいわ。徹底的に討ちのめしてあげる」
こうして俺たちは流れる涙を拭うと、真っ直ぐに歩き始めた。
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シュタイン邸ではロアの側近が集まって、年の瀬を祝う宴が続いている。
俺は酒で火照った顔を冷やそうと、ひとりバルコニーにいた。
この季節だ。外気は刺すような寒さだが、今はそれが心地よい。この館ゆえか、酒のせいか、少し昔の話を思い出していた。
「あら、フレイン。飲みすぎたの?」
俺がバルコニーにいたのが見えたのだろう。ラピリアがひょっこりと顔を出す。
「いや、酔いを覚ましていただけだ」
「そう。酔っ払ってバルコニーから落ちないでね」
相変わらず生意気なやつだ。俺は少し笑いが漏れる。
「何? 本当に大丈夫?」
「ああ。そうだ、俺とラピリアの個人戦。俺が101勝、99敗だったよな?」
「何言ってるの? 私の101勝よ。相当酔ってるわね」
それだけ言うと、屋内へ引っ込んでゆく。
俺は満天の星空に向かって、ゆっくりと白い息を吐き出した。
年末の更新を書いたときに、そういえばこの2人、あまり絡みがなかったなぁと思って書き始めたお話です。
作者的には結構気に入りましたが、いかがでしたでしょうか?
お楽しみいただけていたら嬉しいです。