【やり直し軍師SS-19】凱旋式とお茶会①
その日、王都ルデクトラドには久しぶりに活気が戻っていた。
リフレアより第10騎士団が帰還し、凱旋式が行われるのだ。
王都の住民のみならず、ルデクの各地からその勇姿を見ようと人々が集まってきている。
リフレアとの戦いに勝利を収めたのは、既に昨年末のこと。
雪解けを迎える頃になり、漸くリフレアの統治状況も落ち着きを見せ始めたため、第10騎士団の帰還が決定したのだ。
事前の迅速な対応により、国内では大きな混乱は生じなかったとはいえ、大陸全体がまだまだ自粛状況にある中での凱旋式となった。
否が応でも逼塞した生活を強いられていた人々は、普段の鬱憤を晴らさんとばかり、この日、王都へと続々と詰め寄せてきている。
それを見た王都の商人も奮い立ち、大通りは様々な屋台が押し合いへし合い並んでいた。当面は民に節制を強いていた王も、今日ばかりは盛り上げ側に回っている。
ひしめく屋台の中で、一際目を引いたのはトゥトゥの屋台だ。
救荒食として市場に出たものの、収穫量の都合で流通はルデクトラド及び、ゲードランドの2大都市に止まっている。
両都市以外の人々からは物珍しく映ったのか、屋台には人が群がり、王都の盛り上がりに一役買っていた。
「これがトゥトゥですのね! 噂どおりザクバンとは全然違いますわ。本当に同じお芋なのかしら? どう思います? オーパさん?」
串に刺したトゥトゥを2本持ちながら、オーパを振り向くのはセシリア=ホグベック。ウィックハルトの妹である。
声をかけられたのは、ウィックハルトの許嫁であるオーパ。
2人は王の招きで王都へとやってきていた。
正確には、招かれたのはホグベック家の当主にてウィックハルトの父デサントなので、2人はおまけとして付いてきている。
デサントが呼び出されたのには理由があった。リフレア滅亡の際に助命された純聖会の件だ。一部の者達をホグベック領で受け入れる相談のためだ。
純聖会の者達は徐々に各地へ分散させ、無力化を図る予定となっている。
その最初のモデルケースとしてホグベック領が選ばれたのは、最初にルデクに寝返ったアレックスが滞在しているがゆえ。
アレックスは本人の希望で、行き倒れた際に保護されたハウワースの牧場で働いている。
既に聞きたいことは聞き出せており、教皇に会うことは許されないことも事前に言い含めた上での本人の選択であった。
現在のところアレックスは大きな問題を起こすこともなく、日々穏やかに馬の世話に没頭しているという。
純聖会の生き残りには、そんなアレックスの姿を見せて、自身の生き方を再考させようという目論見である。
もはや彼らには、祈っているだけで飯を食わせてやる義理も立場も無いのだから。
尤も、今後純聖会の者をどのように扱おうと、彼らに拒否権などありはしない。彼らの命は今でも、そしてこの先もルデクに握られたままだ。どこに行こうとも、生涯彼らが第八騎士団の監視対象から外れることはない。
だが、大きな問題を起こさぬように融和が図れるのであれば、それに越したことはないと、試験的にこのような政策が取り上げられたのである。
ホグベック家には面倒ごとを押し付けることとなるため、代わりにというわけではないが、新たな所領を与えられ、貴族としての格も引き上げられる。
ルデク西方の地域には目立った領主がいないため、これでホグベック家は頭ひとつ抜け出る形になるだろう。
というわけで、その辺りの打ち合わせのための呼び出しであった。もちろん、折角なのでウィックハルトの晴れ姿も見てゆけとの王の配慮で、凱旋式に併せてやってきたのである。
「あまりはしゃぎ過ぎるのではないぞ」
苦言を呈するデサントの声は、それぞれ別の意味で浮かれている2人の耳には届かない。オーパはもちろん、婚約者との久方ぶりの再会を心待ちにして。
セシリアは単純に、凱旋式を見ることを楽しみにして。
「やれやれ……」
田舎貴族の飾らぬ家風ゆえ、気軽に王都の喧騒の中で屋台を楽しんでいるのだが、こんな様子ではセシリアに良縁が来るのはまだまだ先だなと、デサントは密かに嘆息したのであった。
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ドーン! ドーン! ドーン!!
第10騎士団の到着を知らせる太鼓が鳴り響く。人々は歓声を上げて、その到着を喜んだ。
「そろそろ来ますわよ! オーパさん!」
王の配慮で見やすい部屋を用意された2人は、太鼓の音に窓から身を乗り出す。
「こらこら、危ないよ。怪我をして騒ぎになりでもすれば大事だ。少し落ち着きなさい」
デサントの言葉に、2人は少し恥ずかしそうに身を引いた。
「お見苦しくて申し訳ない」
デサントが謝罪した先には、今回の見物席を手配したネルフィアがいる。
「いえ。私も待ち遠しく思いますので」
「しかし、ネルフィア殿も本来であれば、凱旋式に参加する側ではないのですか? 聞けば、ネルフィア殿も戦場に立ったとか」
「いえ。私はあくまで記録係としてあの場にいたまでですよ」
「……そう、ですか」
「はい」
「ならば、これ以上は言いますまい」
「それよりも、そろそろ第10騎士団の姿が見えてくる頃です。さあ、折角のご子息の勇姿、ご覧になられては?」
ネルフィアが言う通り、大歓声が徐々にこちらへと近づいてくるのが、はっきりと分かった。




