【やり直し軍師SS-186】弓聖⑦
目的……目的……と下を向いてブツブツと呟くスメディア。もしかしなくても危険な感じしかない。
皇帝にはネッツ様が、僕の前には双子がスッと入ってきた。
けれど、双子にはどこか余裕を感じるので、少なくとも身の危険はなさそうだ。
しばししてスメディアはようやく顔を上げると、「目的って、必要ですか?」と宣う。呆れる皇帝。
「……お前、理由もなく大陸の端から端まで旅してきたのか?」
「そういうことになりますかね」
「では、路銀を隠し持っていたのはなぜだ?」
「なぜって? 別に理由はありません。自分のお金ですので」
スメディアの返答はまあ、正論ではある。けれど同時に、皆が食うや食わずやで進んでいる時に、一人だけ密かに食事をしているのは少し違和感がある。というかこの手の手合いはまともな問答は成立しない。独自の論理で生きているんだよね。
僕が彷徨った昔の未来でも、こういう人物と出会ったことがある。あれはまだ、レヴ達と共に旅した頃だった。
ただしそれは、演技でなければ、だけど。
「嘘だな」
澄ました顔のスメディアに対して、皇帝が即座に否定した。
「お前、あまり俺を舐めるなよ。この数日、お前の行動は監視させてもらった。お前の目的はロアだろう? この催しに不参加を決め込んで、他の奴らが調整に勤しんでいる間、ロアの動向を探っていたな?」
そう言われて僕は密かに納得した。今のやり取りの一連の流れで、少し思うことがあったのだ。
とはいえ僕には、スメディアに追いかけ回されるような心当たりはない。
「ユイゼストとメイゼストは気づいてたの?」
僕が聞くと、双子はこくりと頷く。
「何かいたな。ちょろちょろと」
「敵意はなかったから放っておいた」
ああ、そう。
「でもロアも気づいてたろ?」
「今、そいつの言葉、全然信じてなかったろ?」
双子の言葉に皇帝の視線が僕に向けられた。
「どういうことだ?」
「実は陛下がスメディアに目的を聞いた時、ほんの一瞬僕へ視線を走らせたんですよね。その上でさも考えるふりをした。それがすごく違和感を感じたんです。確信があったわけではないですが、咄嗟に演技しているんじゃないかなと」
「それだけか?」
「スメディアは変わり者のふりをして、この場を切り抜けようとした。けれど、僕の周りには本物の変わり者が多いので……“本物”は色々と躊躇がないというか……」
「ふん、その変わり者筆頭が言うんじゃあ、そうなのかも知れねえな」
……陛下も大概ですよ? 言わないけど。
そんな僕らの会話を聞いていたスメディアは、気がつけば肩を震わせている。
「さすが……大軍師ロア=シュタイン様……」
ただならぬ様子に僕らが怪訝な視線を向けると、スメディアは胸の前で手を組んで、唐突に跪きながら堰を切ったように話し始める。
「私の僅かな仕草で、すぐに嘘と看破するその慧眼、話に聞いた通りのお方です。実は私はロア様にお仕えしたいとずっと考えておりました。しかしそのまま仕官に訪れても、平和な今、簡単に第10騎士団に入ることは難しい。そこへ降って湧いたファウザの誘い。これは好機と考えたのです。ロア様の側近、ウィックハルト殿との戦いとなれば、必ずロア様はお顔を見せるだろうと」
早口で捲し立てるスメディアを、「ちょっと待て」と皇帝が制する。
「なら余計になぜ今回の争いに参加しなかった? そして秘密にしていたのはなぜだ?」
「それはもちろん、他の十弓たちが私と同じように仕官を目的にされては困るからです。なので、密かに接触しようと思っていました。それに、ロア様のお眼鏡に叶うためには、私の圧倒的な技術を見ていただく必要があります。であればこそ、その機会はここではないと判じた次第です」
「なら、その“機会”ってのはどこにある?」
「……私はグリードルにいる間は、顔を覚えていただくだけで十分と考えました。ロア様達がルデクへ戻った時に、後を追いかけてゆき、仕官を願い出ようと。そのために家も、家財も全て処分してきました。路銀にゆとりがあるのはそのためです。ロア様、私を是非、貴方様のそばにおいていただきたく」
……行動力が無駄に凄い。
呆れる僕を、皇帝がニヤニヤと見てくる。
「随分と熱烈じゃねえか? どうだ、ロア?」
「……申し訳無いのですが、今は事足りているんですよ。別にスメディアの実力を疑っているからと言うわけでは無いので、それは誤解しないで欲しいのですが……」
僕の側近になるのはとても難しい。少し複雑な事情があるからね。昔の未来のことを知る人間は、これ以上増やすべきじゃない。
僕の言葉に、跪いたまま悄然とするスメディア。その両肩を皇帝が叩くと、
「まあ、折角だ、お前だってこのままじゃ引き下がれねえだろ? ちょっとその実力とやら、見せてみろや」
そのように言いながら、本当に碌でも無い笑顔を見せた。