【やり直し軍師SS-185】弓聖⑥
「あああああ!! くそっ!! くそっ!!」
ファウザが獣のような声をあげて、何度も地団駄を踏んだ。周囲からもため息のような声が漏れる。
4人の中で最初に脱落したのはファウザだった。それでも8回まで的に当てたのは大した物だと思う。ファウザ、口だけじゃなかった。
これで残るはウィックハルト、ルアープ、レノウの3人が残る。一番最初の的には最後まで当たらなかったレノウが、ここまで残っているのは意外と言える。
レノウがファウザの肩を叩いて慰めているのが見える。ようやく気持ちを落ち着けたファウザが退場すると、大きな拍手が起こった。
そうしてファウザの姿が消えて、少し落ち着いたところで再び再開。
10回目。
12回目。
15回目。
18回目。
「……すげえな」
皇帝からそんな呟きが聞こえてきた。皇帝がいう通り、3人の技量は尋常ではない。
20を数えたところで、歓声はどよめきに変わり始める。朝方の熱狂から、この場は異様な雰囲気に変わりつつあった。
時間的にも、この辺りが引き際だと思うけれど、皇帝が最後までやると宣言した以上、誰も止められないでいる。そして、多分、この場で続けるべきか皇帝に声をかけることができるとすれば、僕か、或いは……
「陛下、これ以上はもはや不要では?」
皇帝の側近、ネッツ様がさらりと切り出す。
「ああ? だが、ここでやめたら大陸一の弓使いを決められんだろ」
「元々10人も20人も居た者達です。3人に絞られれば十分では?」
ネッツ様に言われて、むむむと腕を組む皇帝。流石古参の側近だなぁ。皇帝の気持ちが動く機会をわきまえている。
「ロア、お前はどう思う?」
皇帝が僕に問うたのは、勝者に僕も認めたという肩書をつけると宣言した手前だろう。
「3人の腕は充分に見させていただきました。僕は、全員が大陸随一でも構いません。まあ、そうですね……何か十弓に変わる名称を作ったらどうですか? 十弓は十弓で専制16国で大切にしてもらえれば良い話です」
「新しい名称? 何か案はあるか?」
「そうですね……例えば三女神の眷属神で何か良さそうな名前とかあれば……」
「3人組の良さそうな眷属神なんていたか?」
「うーん……四人だったら、四獣の使徒なんてあるんですけどね」
四獣の使徒、三女神が乗るという想像上の生き物、ヴァル・ヴェル・ヴォルと、その三人がゆく道の露払いを行うヴィガ。この四頭のことだ。
一度足を踏み出せば、瞬く間に天を駆ける。それを弓矢に当てはめたら丁度良いかなと思ったのである。
「四獣の使徒か、悪くない。なぞらえて四獣の弓徒とでもするか。いや、語感が悪いな。弓の四獣、これならどうだ? なかなかいかつくて良いだろ?」
「いいとは思いますけど、3人しかいませんよ。ファウザを入れるんですか?」
「いや、あれには悪いが、ここにファウザは入れられんな。残ったのはあくまであの3人だ。より実戦的な3人と言える。“獣”を冠するにゃ丁度いいだろ」
「じゃあ……」
「もう一人にあてはあるからな」
僕の言葉を遮った皇帝は、その視線を一人の人物に映す。
果たしてその視線の先には、スメディアが座っていた。
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皇帝が残った3人の技量を褒め称え、新たな称号の告知するとともに、競技の終了を宣言する。
場を支配していた一種異様な雰囲気が一斉に緩み、ようやく弓を下げた勇者達に万雷の拍手が注がれている。
そんな中で一人、困惑の表情を浮かべているスメディア。
「あのう、どういう意味でしょうか?」
「言葉の通りだ、お前には“弓の四獣”の一角を名乗るに相応しい実力を見せてもらう」
「いえ、私は……」
「お前、付き合いでここに来たと、さも友誼のためのようなことを言っているが、実は他の奴らを揶揄いに来たんだろう? さぞ道中は楽しい見せ物を見てきただろうな」
「突然、何を?」
なおも困惑したままのスメディア。しかし皇帝は謎解きを誇るように続けてゆく。
「お前達がやってきたあの日、お前の皿や周りだけ綺麗だった。まるで、一人だけ餓えてはいないように。それが気になってな。ルアープが来る間に少々調べさせた。お前、密かに路銀を隠して、他のやつにバレないように食事などをしていたな?」
「…………」
「実に性格の悪いやつだ。だが、その狡猾さ、嫌いではない。文字通り俺に弓を引かねば、だがな。それで、馬鹿どもの愉快な旅を眺めるためだけに、遥かグリードルまでやってきたわけではなかろう。お前の目的はなんだ?」
「……参りましたね。流石は皇帝陛下。ご安心ください、私は貴方に弓をひくつもりはありません。これだけは誓います」
「で、目的はなんだ?」
皇帝に再度問われ、一瞬視線を泳がせこちらを見たスメディアは、口に手を当てて悩み始める。
「目的……目的……ですか……」
スメディアは初めて問われたとばかりに、首を傾げ、得体の知れない雰囲気を醸し出すのであった。