【やり直し軍師SS-184】弓聖⑤
「すごーい! たくさんの人!」
ルファが驚くのも無理はない。まだ日が登ったばかりだというのに、すでに港には多くの観客が集まっており、海に落ちぬように警備兵たちが声を張っている。
皇帝が宣伝したのだろう。あの人、こういう時一番生き生きしているからなぁ。
僕らは専用の観覧席が用意されているので全く問題ないけれど、観覧者の人数には目を見張る物があった。ちなみに観覧席には、皇帝から同席を命じられたスメディアも座っている。
スメディア以外の十弓の面々やウィックハルト、ルアープは既に所定の位置についていた。
沿岸に並んだ11人の達人の視線の先、海上には11艘の的を携えた小舟が、一定の距離を持って漂っている。
今日は風が少しある。波もやや高い。的はひと所に留まることなく揺れていた。
「よし! そろそろ始める! 最初の的のみ3本の矢を使用することを許す。いずれか一本でも的に当てれば生き残り、当たらなければ脱落である! 2回目以降は矢を2本に減らす! 各々の腕をとくと見せよ!」
皇帝の説明に観客が沸いた。その声に反応して、港沿いの建物の窓が何事かと開く。まだまだ人は増えてきそうだ。
「では、始めい!!」
その一言で、11名が一斉に矢をつがえた。
流石に達人と言われるだけあって、いずれも綺麗な姿勢で弓を引く。しかしそこから一旦、全員の動きが止まる。
距離のある海上に置かれた、小さな動く的。それをたった3本の矢で射止めなければならないのだ。僕なら、的の立っている小舟に当てることだって難しいだろう。
一番先に矢を打ち出したのはルアープだった。それからほんの僅かに遅れてウィックハルトも矢を放つ。
2人の矢は風を受けてやや右に流されながら、共にしっかりと的に刺さった。海上で当たり判定をしている兵士から白い旗が上がり、生き残りが確定すると、周囲から歓声が上がる。
その様子を僕の隣で見ていた皇帝が、スメディアに問うた。
「今の一射はどうだ?」
「……掛け値なしに素晴らしいですね。風と波、厳しい条件の中でお二方とも迷いがありませんでした。おそらく。迷いが大きな者は当てることができません。戦場に身を置き続けた方々らしい胆力かと」
「うむ。そうか」
そんなやりとりが交わされる中で、ファウザが動いた。放たれた矢は、的の端にあたって弾けて海へと消えてゆく。白旗が上がり、肩を動かしたファウザ。観覧席から見ていても、大きく息を吐いたのが伝わってくるようだった。
スメディアの説明によれば、ギャロック派の十弓の中でもファウザは上位の腕を持つのだそうだ。
「生まれてこのかた修行しかしてこなかった男ですので、他は何かと配慮の足りないところはありますが、それだけ弓術への愛が深いのです」
そんな風に言うスメディア。暗に「無礼はお許しを」と言っているように聞こえる。
それはともかく、これ、後になればなるほど重圧が大きくなるような気がする。僕がそのまま口にすると、スメディアも認めた。
「ロア様のおっしゃる通りかと、おそらく半分くらいは一射目を当てることはできないのでは」
果たしてスメディアの予想通りだった。一射で生き残りを決めたのはウィックハルトとルアープを含めて6人。5人は2本目の矢をつがえる。
二射目。3人が的に当てた。残るは2人。残るは1矢のみ。
この衆目の中一度も当てることができずに敗退となるのは屈辱的だろう。残る二人の気持ちを考えると少々気の毒になる。
息詰まる雰囲気の中で、残った2人が弓をひく。
一人が矢を放った! 見事に的の中心を射抜くと、安堵からかそのまま膝から崩れ落ちる。
後一人。
「今です」
スメディアが呟くと同時に、最後の一人の弓から矢が飛び出すと、ファウザ同様、的の角に当たったように、急速に角度を変えて海へと消えた。
僅かな時間ののち、海上から上がった白旗。
「う、うおおおおおおおおおおおお!!」
最後の一人だった人物が雄叫びをあげ、一回目は全員生き残り、次へと進むことになったのである。
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緊張の糸が切れてしまったのだろうか。2回目で早くも4人が脱落。1回目で膝から崩れ落ちていた人も、生き残ることはできなかった。
逆に一番最後まで残っていた人は、今度はしっかりと的を捉えて3回目に進む。先ほどの雄叫びが印象に残ったのか、皇帝がその人物の名をスメディアに聞く。
「彼はレノウです。曲射のレノウと呼ばれています」
「レノウか。追い込まれて真価を発揮するのは面白い。あれは戦場でもそれなりにやるぞ」
長く戦場を駆けていた皇帝らしい評価だ。
そうして3回目を終えて、残るは5人。もちろんウィックハルトとルアープは残っている。それとファウザ、レノウも。
4回目。ここでもう一人が脱落。
ウィックハルト、ルアープ、ファウザ、レノウが生き残った。
「うむ。ここらで的の大きさを変えるか」
皇帝が手を挙げて海上へ合図すると、小さな的に取り替えられるための休憩が宣言される。
「さて、ここまで残った4名は、すでに皇帝ドラクが認める腕と言っても良い! だがここまできたら、最後まで、残りの1人になるまでやるぞ!」
皇帝の言葉に、いよいよとんでもない人数が集まってきていた港は、この日一番の盛り上がりを見せるのだった。