【やり直し軍師SS-183】弓聖④
「……ほお、やっぱりあの小弓使いは格上だったか」
十弓には宿泊施設があてがわれ、とりあえず宿へと移っていった。ルアープがやってくるまでは、ドラーゲンの近くにある砦で調整もできる。
残るは僕らだけとなり、そこでスメディアの話になると、皇帝ドラクが納得の言葉を口にした。
「陛下は十弓のことは詳しくないんですか?」
僕が聞けば「ああ、戦場に出ない武人など興味はない」と、実に合理的な返答。しかしそんな皇帝も、スメディアにはただならぬものを感じたようだ。
「……あいつ、どうにか腕比べに参加させられねえか?」
「どうでしょう。実際、飛距離が必要な内容なら圧倒的に不利でしょうから。ちなみに、どんな方法で競うのですか?」
「それはまだ秘密だ。一応、公平は保たねえとな。だが、確かに小弓は不利か……まあ、仕方ねえ。とりあえず俺は準備があるから先に行く。そうだ、お前らは離宮に泊まるのか?」
「はい。ツェツィーがそのように手配してくれています」
「そうか。俺も離宮にいるから何かあったら来い。晩餐には顔を出せ。じゃあ後でな」
言いたいことだけ言ってさっさと食堂を後にする皇帝。その後ろ姿を見送った僕らは、あらためてお茶を頼んで一息つく。
そうして場が落ち着くと、僕は先ほどから難しい顔をしているウィックハルトが気になった。
「大丈夫かい? ウィックハルト。陛下も強引だから今回も大変だろうけど……」
「ああ、いえ。別にそれは良いのです。陛下には申し訳ありませんが、正直勝とうが負けようが、あまり興味はありません。それこそ、戦場で役に立たぬ技術や肩書など不要です」
「それにしては随分と難しい顔をしていたけれど?」
「ええ、十弓の件はともかく、スメディアだけは気になりますね。もしも戦場で小弓の達人と相対した時、どのように立ち回るべきか考えていました」
そんな僕らの会話にルルリアが割って入ってくる。
「ねえ、ウィックハルト、その小弓というのはどういう弓なの?」
「そうですね。本来の小弓は、遊戯用に作られた弓幹が短い弓のことです。手習などでも使うことがあります。しかし射程は短くも取り回ししやすく、持ち歩きにも便利な小弓を予備武器として使う者が現れました。そうして軽量を生かしつつ剛性も優れた小弓などが生まれて、小弓を専門とする射手も登場するようになりました」
「へえ、なんだかそれって十騎士弓っぽい武器ね」
ルルリアが指摘した通り、取り回しやすく携帯性に優れるという側面は十騎士弓と共通する部分も多い。ウィックハルトも頷きながら続ける。
「そうですね。ですが、この2つの武器は決定的な違いがあります。十騎士弓は誰にでも使える汎用性が魅力であると同時に、表現が難しいですが“自由”がないというか、射線に面白みがない。状況にもよりますが、ある程度の武人であれば、避けるのはさほど難しくないのです」
「そうなの?」
「はい。対して小弓は射手の技量で様々な戦術を選択できます。スメディアのような達人であれば、射程に入られた段階で、どのような攻撃を繰り出して来るのか予測がつきません」
「へー。面白いわね。実際に射っているところを見てみたいわね」
「私も、スメディアの腕だけは見てみたいと思います」
そんな風にいうウィックハルトは珍しい。僕も興味が湧いてきた。
とはいえ強要するような話でもない。その後も僕らはしばらく、ウィックハルトを中心にして弓術談義に花を咲かせたのである。
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ルアープがやってきたのは、騒ぎから7日後のことだ。相変わらず不機嫌そうであったけれど、ウィックハルトを見て僅かに表情を緩ませた。
「全く、陛下の気まぐれには困惑しているが、だが、貴殿と再び腕を競えるのことに関しては嬉しく思う。ウィックハルトよ」
「ルアープ殿相手では、私も気を抜けません。前回の勝利がたまたまであったと言われないようには頑張りたいと思います」
勝敗に興味はないと言っていたウィックハルトだけど、同じく戦場の中で名を馳せたルアープが相手だと、少なからず楽しそうだ。
「おう! やっと来たか!」
2人の達人の和やかな挨拶をかき乱すようにやってきたのは皇帝陛下。この人が一番楽しそうだな。
「陛下。お呼び出しによりまかり越しました」
ルアープが跪く。
「そういうのはいい。準備は万端だ。早速明朝から始めるぞ! これから内容を説明する! 全員集めろ!」
そのように宣言するとまたどこかへ去ってゆく皇帝。元気だなぁ。
こうして僕らは皇帝の命令で、港の一角に集められる。
「よし、揃ったな。ではまず聞こう。スメディア以外に参加を辞退するものはいるか?」
誰も声をあげない。それを確認すると、皇帝は続ける。
「せっかく海沿いの街におるのだ、また、ただ的を狙うよりはより実戦的な方法を考えた。あれを見よ」
皇帝が指差したのは海だ。そこには小舟が漂っており、小舟の上には小さな的が立っている。
「見ての通り、あの的を狙ってもらう。一度の挑戦で使える矢はそれぞれ2本。1矢でも当てられれば生き残り。2本とも当たらなければ脱落である。最後まで当て続けたものを勝者とする。質問はあるか?」
今度も誰からも質問は出ない。
皇帝は満足そうに頷き、
「では、本番は明日! 各々の力、存分に見せつけるが良い!!」
こうして弓術の頂点を争う戦いは、ここに始まったのである。