【やり直し軍師SS-182】弓聖③
食堂にどかどかと乱暴に入ってきたのは、グリードル帝国皇帝、ドラク=デラッサ。
側近が一人付き従い、その人の指示ですぐに椅子が用意されると、皇帝が腰を下ろす。
あの人は確か、ネッツ=ストレイン様。初期の頃から皇帝に付き従う重臣だ。僕は軽く顔を合わせたことがある程度だけど、帝国の中でも有名人の一人といえる。
ネッツ様の落ち着いた佇まいは、帝国の重鎮に相応しい。皇帝が落ち着きがない人なので、余計にそう感じるのかもしれない。
「なんだ、ロア、思ったよりも驚いてねえな」
「……リヴォーテが先に呼ばれた段階で、ある程度は予想できましたよ」
「ちっ、つまらん。可愛げのないやつだ」
そう、今回の来訪に合わせてリヴォーテも同行していたのだけど、皇帝から命があり、先行して帝都へと向かっていた。
そのため「リヴォーテに仕事を押し付けて、皇帝がこっそりドラーゲンにくるかもしれない」という可能性について、ツェツィーやルルリアと話していたのだ。
ゆえに、案の定というのが正直なところなのである。
「まあいい。それで、うちのルアープに喧嘩を売りたいというのは、お前か?」
ファウザに視線を移すと、皇帝らしい威厳を見せる皇帝。状況が全く掴めず硬直しているファウザ達。
そんなファウザ達にネッツ様が重々しく、「陛下の御前である」と一言。
「陛下、本当に……皇帝……」
まだちょっと信じられないのか、ファウザがこちらを見てくるので、僕は本当だという意味を込めて頷くと、椅子からずり落ちて、何故か床で正座する。そんなファウザの様子を見た他の十弓もならった。
流石に皇帝が登場するとは思っていなかったのだろう。顔色が真っ青だ。
「非公式な場だ、そこまでしなくとも、良い。それよりも答えよ。我が目をかけている、剛弓のルアープに何か、不満があるようだな」
「け、決して、不満があるわけじゃ……それに俺達はウィックハルトを追って……」
「そのウィックハルトは、ルアープを破りこの俺自ら弓の腕を認めたのだ。ウィックハルトの腕に不満があるというのなら、それはすなわちこの俺に対する不満とも言えるが?」
「そんな!?」
皇帝、間違いなく悪ふざけに入っている。しかしこれでは流石に可哀想な気がしてきた。そろそろ止めるべきだろうか? そう思ってると、ルルリアが僕より先に動いた。
「御義父様、その位でお許しになられませ。それよりも何か面白そうな顔をされていらっしゃいますよ?」
「ふん。ルルリアがそういうならここまでにしておこう。では、これからの話をする」
ほっと表情を緩ませたファウザ達だったけれど、なぜかその姿勢のまま皇帝の話に続きを待つ。
「要はお前ら、誰が一番弓の腕に優れているのかが分かれば良いのであろう? ならば、俺がその場を用意してやる。そこで勝てば……そうだな、俺と、ロア、2人が認めた弓使いとして何か褒美をくれてやる」
唐突に巻き込まれる僕。
「陛下?」
僕が抗議しようとすると、皇帝はニヤリと笑う。
「大軍師が認めた弓使い、いい響きだろう?」
あ、これ絶対譲らないやつだ。僕は早々に諦める。僕がそれ以上言葉を重ねないことを確認すると、皇帝は改めて続けた。
「場の準備もあるし、ルアープも呼ばねばならん。数日は俺が面倒を見てやる。それぞれ、準備期間としろ。ここまでは異論ないか?」
平常でも人を射すくめるような威圧感のある、皇帝の視線を受けたファウザが
「も、もちろん異論はない……です」
と、答えたところで皇帝が一際声を低くして「ただし!」と続けると、ファウザはびくりと体を震わせた。
「俺が気に入っているルアープやウィックハルトを侮辱した以上、もしも、つまらぬ腕を披露してみろ。名声が地に堕ちるだけではすまさんぞ!」
ギャロック派十弓の中から、数名の小さな悲鳴が聞こえた。
「参加するしないは自由だ。だが、全員不参加は許さん。最低でも半分は手をあげよ。それから参加した上で、相応の腕を見せれば、勝敗に関わらず帰りの路銀くらいはくれてやる。何か質問はあるか?」
皇帝の言葉にすくみ上がる十弓の中で、一番後ろにいた小柄な人物がおずおずと手を挙げる。
「あのう……発言してもよろしいですか?」
「許す。まず名乗れ」
「私はスメディア、世間では軽弓のスメディアなどと呼ばれております。陛下にお会いできて光栄です。すでに勝負の腹案をお持ちなのでしょうか」
「ああ、一応考えていることはある」
「それは飛距離が必要なものですか?」
「どういう意味だ」
「実は私は他の十弓とは違い、小弓使いなのです。距離を競うような争いは向いておりません。元々今回の旅は、仲間の付き合いでやってきただけで、ウィックハルト様やルアープ様に含むところもありません。ゆえに不参加とさせていただこうと考えており、その事情を承知おきいただきたかったのです」
そういって背負っていた弓を差し出すスメディア。袋に入っているが、確かに他の面々の弓より明らかに小さい。
「なるほど。スメディアの言い分は理解した。許す」
皇帝とスメディアの会話を聞きながら、僕の隣でウィックハルトが、「あれが、軽弓のスメディア……」と呟く。
軽弓のスメディア、その名前は僕も知っている。
小弓の達人として、ウィックハルトやルアープと同じ場所に名を残す人物である。