【やり直し軍師SS-181】弓聖②
「我々は、ギャロック派の十弓なのだ」
すっかり満腹になったらしいファウザは、腹をさすりながらそのように切り出した。
「口調が生意気だな」
「腹に入れたもの、一回出すか?」
双子がタチ悪そうに絡むも、流石に双子の方が正しい。この場にいるのはルデクと帝国の要人だ。下手をすれば口の聞き方一つで首が飛ぶ。
双子に凄まれたファウザは、若干身を引きながら
「し、しかし俺は、ずっと弓の修行だけして過ごしてきた。このような口の利き方しか知らぬのだ。なるべくは気をつけるが……」
なるほど、悪気があるわけではないのだろうなぁ。先ほど食事のお礼もしっかり口にしていたし。
「僕は構わないよ。ツェツィー達はどう?」
ツェツィーとルルリアからも同意が得られたので、とりあえずそのまま進めてもらうことにする。
ファウザはほっと胸を撫で下ろして「感謝いたす」と言ってから、改めて話し始めた。
ファウザ達はいずれも専制16国の出身だという。弓術の盛んな専制16国だ。元々十弓の大半はあの国の人たちなので、まあ予想通りといったところ。
その専制16国で無数にある弓術の流派。それらは大きく分けて2つの派閥に所属しているらしい。
ファウザ達はその一派、ギャロック派の十弓なのだと。で、ウィックハルトやルアープはもう一方のナスレード派の十弓に数えられていると。なるほど、だから数が合わないのか。
「ロア、知ってた?」
ラピリアに聞かれて僕は首を振る。
「僕は軍事絡みならそれなりに知識があるけど、戦場に関係してないとなると……。ウィックハルトが入っている方の十弓なら知ってるけど」
「ロア殿、別に私はその派閥に所属しているわけではないです」
やんわりと否定するウィックハルト。前から思っていたけれど、十弓に数えられているのは少々迷惑そうだ。
そんな僕の答えにラピリアは首を傾げた。
「逆にロアが知っているなら、ナスレード派はどこかの戦場に参加したの?」
「あ、違う違う。もしかしたら戦いに参加したこともあったかもしれないけれど、僕が知っているのはウィックハルトやルアープの事が書かれた書物を読んだからだよ。自然と他の8人の名前も載っているからね」
「あ、そういうことね」
「ちなみに初代十弓時代の名手なら、何人も知ってる。こっちは専制16国の混乱期の、戦場で大暴れした人たちだから」
「その話も聞いてみたいけど、またにしましょ。ファウザが複雑な顔してるから」
そう言われてみれば、怒りと悲しみの混じった顔で震えながらこちらをみているファウザ。なんか、ごめん。
「……その通りなのだ」
「何が?」
「今、ロア様が言った通りのことなのだ。ウィックハルトとルアープ、この2人を十弓に数えることで、ナスレード派は大きく名を挙げた! 気がつけば十弓といえばナスレード派のことを指すような雰囲気が出来上がってしまっていたのだ! これを卑怯と言わずなんとする!」
……それって卑怯なのかな?
「ちなみにだけど、そのナスレード派の人たちは、どうやって十弓を決めているんだい?」
「あやつらは節操がないからな。その時評判である人物なら誰でも良いのだ。他派閥であっても気にせん」
「……じゃあ、ギャロック派は?」
「我々は由緒正しく、3年に一度、派閥内の腕比で決めている」
どうだ、と言わんばかりのファウザだったけれど、なんかもう、色々と分かった気がする。
ツィツィーやルルリアも呆れ顔だ。しかしファウザは止まらない。
「互いに腕を磨き、競い合い、その中で選ばれた我々に対して、ナスレード派は評判だけで選んだ者たちで我が物顔なのだ! これが我々には納得がいかん!」
「でもそれなら、同じ国内にいるナスレード派の人と競い合えばいいんじゃないの?」
僕が突っ込むとファウザはがくりと肩を落とす。
「最初はそのようにしようとしたのだ……だが、世間はすでにウィックハルトとルアープを別格扱いしている。今更他の者から勝ちを収めても、誰も気にもとめぬ……。そんな失意の日々の中で、ルデクの第10騎士団の懇意だと有名な旅一座が近くの街に来ていると聞き、いてもたってもいられず話を聞きに行ったのだ。ウィックハルトとはそれほどすごいのか、と」
と、そこで、大人しく話を聞いていたルファが、口を挟んだ。
「え!? ゾディアさんと会ったの!? 元気だった!?」
突然の質問に目を白黒させるファウザ。
「ゾディアというのがどの者のことか分からん。俺があったのは男ばかりの集団だったが……」
「そうなの。残念。ね、でも、みんな元気そうだった?」
「あ、ああ。元気そうではあった。しかし、思い詰めて話を聞きに行った俺に、その男は言ったのだ『気になるなら、会いに行けばいいじゃないですか』と。あの男、俺がどうせ旅になど出れぬと踏んで、適当なことを……」
あー、これは、旅一座と一般の人の大きな認識の違いだなぁ。
誰が答えたか知らないけれど、旅一座からすれば当然の返答だし悪気があってのことじゃない。けれど、一般の人にとって、長い旅は相応の覚悟を持たないとなかなかできない。互いの言葉の温度差が違いすぎる。
一座の人は普通に答えたつもりだろうけど、そのあたりの機微を知らないと、適当にあしらわれたと感じてもおかしくない。
「俺は悔しくて悔しくて、こうして一念発起して十弓を引き連れてウィックハルトに直接会いに来たのだ、だが……」
「だが?」
「なぜ、ルデクにおらぬのだ!? おかげで路銀は底を突き、危うく野垂れ死ぬところであった!」
そのように訴えるファウザだったけれど、
「もう少し計画性を持たれては?」
と、ウィックハルトは冷静かつ辛辣だ。
「とにかく、ここであったがお前の運の尽きだ! ウィックハルト! 飯の恩義は感じているが、我々と勝負してもらおう!」
「お断りします」
どこまでもめんどくさそうなウィックハルト。熱い返事を期待していたであろうファウザはウィックハルトを指差したまま固まっている。
さて、どうしたものかなぁ。
僕がこの場を納める方法を考え始めたところで、食堂の扉がバーン! と開かれ、
「話は聞かせてもらったぞ!!」
と、グリードルの皇帝陛下が登場したのである。