【やり直し軍師SS-180】弓聖①
本年もどうぞよろしくお願いいたします!
2024年が全ての皆さまにとって素晴らしい一年になりますように!
彼らがやってきたのは、僕らが帝国を来訪していた時のことだ。
ゲードランドから船に乗って、ドラーゲンでルルリアやツェツィーと合流。後日帝都で皇帝と打ち合わせという道程で、日程を繰り上げて前入りした僕らは、ドラーゲンで束の間の観光を楽しんでいた。
ドラーゲンは東方諸島の玄関口としての立場を確立しつつあり、ゲードランドとは違った異国情緒に溢れていて、歩いているだけでも愉快な気持ちになる。
「ねえ、ラピリア! あの屋台のお菓子買おうよ!」
ルファがラピリアの手を引いて、屋台へと走ってゆく。
そんな2人の後ろ姿を、微笑ましく眺めていたその時だ。
「遂に……遂に見つけたぞ」
背後からそのような低い声が聞こえると、僕が振り向くより早く、僕の両側には双子が、手前にウィックハルトとサザビーが立ち塞がる。
さらに、ネルフィアは少し離れて全体を見渡せる位置で、油断なく目を配っていた。ルファの方はラピリアがいるから心配ないだろう。
そうして声の方に視線を向ければ、そこには随分とぼろぼろの一団がいた。身に纏っている服装からして、随分と長旅をしてきたのだと察せられる。しかも、あまりお金のない旅を。
数えてみれば人数はちょうど10人。大通りの中心で突如にらみ合いが始まったことで、道ゆく人が何事かと立ち止まる。
「ロア殿、見覚えは?」
ウィックハルトに聞かれて一人一人確認する。人の顔を覚えるのは割と得意な方だけど、心当たりはないなぁ。
その旨伝えると、ウィックハルトは笑顔で「では排除しても問題ありませんね」と言う。うん、まあそうだけど、せめて用件くらい聞こうよ。
そんな僕らのやりとりを聞いていた一団。先頭の男が震えるように、というか旅の疲れからか実際に小刻みに震えながら、僕らに指を差し向ける。けれどその指先は僕ではない。
「お、お前がウィックハルト! 蒼弓ウィックハルトだな!」
予期せぬ展開に、少し目を見開くウィックハルト。
「は? ええ、私がウィックハルトですが。どなたでしょうか?」
「我らは十弓! そして俺は十弓が一人! 遠弓ファウザ! 我々はお前と勝負しにきた! ……だが!」
「だが?」
「……同じ十弓の誼で、金を貸してくれんか……もう3日も何も食っておらんのだ……」
そういうと、彼らは揃って、道端にへたり込んだのである。
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「この皿、もう一つ追加で!」
「こっちもだ」
「パンおかわりをくれ!」
「酒を頼んでもよろしいですか?」
「うまい! ありがたい! うまい!」
とにかく害はなさそうだと言うことで、ルルリアの手配で近くの食堂に腰を落ち着けると、自称十弓の面々は一斉に料理を注文し、ひたすらに口に詰め込み始める。
そんな様子を眺めながらお茶を飲んでいるうちに、ルルリアの側近のノーレスさんが適当な衣服を買って戻ってきた。
「ありがとう、ノーレス」
ルルリアが礼を伝えると、ノーレスは胸に手を当てて腰を折りながら続ける。
「ついでに宿の一室を押さえて参りました。食事が終わり次第、そちらで着替えていただきましょう」
「そうね。話を聞くにしても、いろいろ落ち着いてからの方がいいわね。で、その間にウィックハルトに聞いておきたいことがあるのだけど?」
「はい。なんでしょうか?」
「私、十弓っていうからてっきり、十人の弓の達人っていう意味だと思っていたのだけど」
「ええ。私もそうだと思っていました」
「それに、グリードルにもルアープって十弓がいるのよね」
「はい。私も一度手合わせしていますね」
「で、あそこでご飯を食べている人たち、『我らは十弓』って言ってたわ。言葉の通りに捉えれば、あの人たち全員十弓ってことだと思うのだけど……」
「私もそのように聞きましたね」
「ウィックハルトとルアープを含めると、12人いない?」
「いますね」
「なんで?」
「さあ」
「さあって……ねえ、ロア、何か知らない?」
ウィックハルトの頼りにならない返事を聞いて、僕に矛先を向けたルルリア。
「何かって言われてもなぁ……僕が読んだことのある書物では、ちゃんと十弓は10人の名前が載っていたけれど、それ以上のことはわからないよ」
そもそも、遠弓のファウザなんていたかなぁ、とは思っているけれど、まずは本人から話を聞いた方がいいだろうし。
こうして僕らは、なおも注文を続ける自称十弓達の腹が落ち着くまで、再び彼らの食事風景を眺めるのだった。