【やり直し軍師SS-18】自問と答え⑤
宗都、そして本山に帰ってきたムナールとサクリ。
サクリは早々に「兄上と話してくる」と言って一人上階へと向かって行く。
ムナールが頼まれた策は、交渉が上手くいかなかった時の保険のようなもの、とサクリは言っていた。
だが、到底保険とは思えない。
ーーーどうあれ、燃やすか。この本山をーーー
その方が良いだろうな、とムナールは思う。どのような選択をしようと、ルデク側がこの本山の存在を許すとは思えん。ならばいっそ派手に燃やしてやるのは、良い交渉材料となるかもしれん。
それに……
全ては助からんだろうな。むしろ、大半が助からん。これだけ好き勝手やったのだ、ルデク側がそれなりの結果を求めるに違いない。
少なくとも正導会は無理だ。すでに詰んでいる。サクリも全てを助けるつもりはないと思う。今まで見てきて、サクリは正導会そのものには一切興味がないと断言できた。あくまで、ネロの取り巻きであったから下手に出ていたのだ。
ということは、この無駄にでかい建物は正導会の者どもの墓標か。
いや、正導会だけとは限らん。他の派閥や、下手をすれば教皇の墓標にもなりかねんな。
まあ、どうでも良いことだ。
ムナールは一人、本山の地下へと向かった。地下へ降り立つと湿気とかび臭さが鼻を襲う。匂いは自然と幼い頃の記憶を呼び起こさせ、顔をしかめる。
地下の下水が流れるような一角に、サクリの元の部屋があった。下手をしたら、幼いムナールの住みかより悪い環境にある部屋だ。
扉を閉めても微かに悪臭漂うこの部屋の、唯一の利点は無駄に広いことだけ。そんな部屋の中には、サクリが溜め込んだガラクタが山のように転がっている。いずれもサクリが何かに使えないかと研究した残骸だ。
いや、使えるものもいくつかあるので、残骸は言い過ぎか。
例えばこれ。
壁際に多数積み上げられた小ぶり樽の中には、燃える水が入っている。万が一のための最後の予備だ。
フェマスに持ち込んだものよりも小分けにされているとはいえ、これらの樽を抱えて何度も往復するのは骨が折れる。
だがまあ、これはサクリの最後の願いだ。付き合ってやろう。ムナールは肩をぐるりと回すと、ゆっくりと樽を持ち上げた。
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ロアとサクリの交渉。
それはムナールにとっても想定外の展開であった。
最初に湧いたのは怒り。
なぜ、俺がコイツにそのような情けをかけられなければならないのか?
サクリに言われなくとも、俺はその気になれば一人で逃げることもできるのだ。そのように言い返してやろうかとも思った。
実際のところ、この後に及んでルデクの包囲網を抜けるのは不可能に近い。それでもムナールはダラダラと、この男の監視を続けてしまっていた。
どこかで見捨てよう。そう、思いながら。
だから、
「もう良いのだ、ムナールよ。お前を虐げてきた者達は、今日、潰える。お前には随分と汚れ仕事を押し付けてきた……もう、十分であろう。ここからは好きに生きよ」
そのように諭された時、言いようのない悔しさが湧き上がり、言葉に詰まった。
本当にこいつは、諦めたのか?
なぜ、諦める。お前はなんとかして生き残る方法を考えると思っていたのに、なぜだ!
お前なら、この局面でもなんとかするはずだ! 今まで無数の理不尽や逆境の中を切り抜けただろう! それがサクリ=ブラディアであったはずだ!!
自分でも信じられないほどの激情が心の中を駆け抜ける。
その時ムナールは初めて理解した。
ーーー俺にとって、サクリとはどういう人間であるかーーー
ムナールにとって、サクリは英雄なのだ。
同じ色の目を持ち、人々に蔑まれながら、なお、それらの者達がサクリの功績を掠め取らなければならないほどの知謀に。
目的は歪んでいたかもしれないが、常に、リフレアという国の物語の中心にいたこの男に。
そうか、サクリは、俺にとっての英雄であったのか。
ストンと腑に落ちた。
俺が憧れたサクリという男は、ここで死ぬだろう。俺にできる、残されたことはなんだ?
考えているうちに、サクリはさっさと陣幕を出ていってしまう。
ムナールは思い至る。せめて、この天才の名を、歴史に残してやることはできないだろうか、と。
そして、ムナールはロアに提案した。
「あの男が決着をつけるまで、お前達はこのまま包囲を続けるのだろう? なら時間があるはずだ。俺も対価を支払う。俺の話を、聞いてもらいたい」と。
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ロアとの交渉が終わり、一人、とぼとぼと歩く小さな背中。
本山に到着する前に追いついたムナールは「おい!」とその背中に声をかける。
振り向き、ムナールを確認すると、はっきりと驚くサクリ。
「なぜ、戻ってきたのだ……それとも別れの挨拶でもしにきたのか? そのような間柄ではあるまい」
迷惑そうな顔をしているが、ムナールにはどこか嬉しそうに見える。
「お前がロアに言ったのだろう。俺の好きに生きろ、と。……俺は、お前の監視と、暗殺と、残飯漁りしか生き方を知らん」
ムナールは不機嫌そうに、そう、返す。
「……ならば好きにせよ」
ああ、好きにするさ。俺にとっての英雄の物語を、最期まで見届けるために。
少しして、2人はほんの僅かに、笑い合う。
それは、不器用な男達の、精一杯の感情表現。
大小2つの影は歩調を合わせて、静かに本山へと消えていった。




