【やり直し軍師SS-178】ザンバードの憂鬱④
程なくしてやってきたゼランド王子。ザンバードは慌ててソファへと促す。
「何か、飲まれますかな?」
「ああ、せっかくだから頂こうか。ザンバードが飲んでいるものと、同じものを」
ザンバード手ずからグラスを渡すと、王子は礼を言って一口舐めた。
「せっかくのくつろぎの時間、それもこのような夜分にすまぬ」
「いえ、ただ眠れぬままに過ごしておりましたので、お気になさらずに。……お味はいかがですかな? 私が好んで飲む酒ですが……」
「うむ。悪くない。と言っても私はあまり酒に詳しいわけでもないが」
「あまりお召しにはなりませんか?」
「普段はせいぜいワインくらいだ」
「では、何か口当たりの良いワインを用意させましょうか?」
「いや、良い。それよりもザンバードと少々込み入った話をしたい」
真剣な表情の王子。ザンバードが居住まいを正すと、
「ルファのことだ」
と切り出す。まあ、流石に予想はしていたので大きな驚きはない。ザンバードは続きを待つ。
「私はいずれ、ルファを妻に迎えたいと思っている」
覚悟はしていたが、実際に聞くと思わずうめき声が出そうになり、どうにか堪えた。
「ルファには、すでに?」
「いや、ルファにはまだだ。ローデル家として何か不都合や、要望があれば事前に聞いておきたい。そのためにここに来た」
「左様ですか……。ローデル家の当主としては、ただただ、光栄なことではございます。ですが、いくつか質問をしても?」
「無論だ」
「王や王妃様のご意見は? 義兄の立場から見ても、確かにルファは人として魅力的であるとは思います。が、出自が出自です。あの髪の色を持つ娘を、ルデクの王家に迎え入れることに関して問題は起きておられないのですか?」
「父上と母上には既に話している。ともに歓迎の意を示してくれている。ルファは知らぬ娘ではない、というよりも、もはや仲が良いと言っても過言ではない。父上は『お前が周囲を説得できれば問題なかろう』と言ってくれている」
「左様ですか……」
「むしろ問題は周囲の意見だな。例えばザンバード、お前もその一人に入る。ゆえにこうして一人一人説得をして回っている」
「一人一人、ですか?」
「無論、必要な相手とだがな。まあ、お前に断られるとは思っていなかったが、それでも私の考えはきちんと話しておきたいと思う。私とて、ただ闇雲にルファを妃に迎えたいと思っているわけではない。理由なくば、名家の娘か、ゴルベル王の娘を妻に迎えよという声が強く上がるであろうからな」
それはそうだろう。その方が間違いなく波風が立たない。特にゴルベル王の娘なら、今後を考えれば大きな国益となる。ゴルベルも話が上がれば前向きに検討するはずだ。
「では、ルファを妃に迎える意味、とは?」
「まずは、ルファに対する民の人気。ザンバードはルファが民からどのように思われているか知っているか?」
「どのように、ですか? 戦巫女としての活躍で騎士団の人気は高いとは聞いたことがありますが……」
「それもある。加えて最近は先生の物語が流行したことで、ルファの存在も大きな話題となっている。一言で言えば女神のような扱いだな」
「それは大袈裟ではありませんか?」
「そうとも言えぬ。しかもだ、面白いことに、特に北ルデクでルファの人気が高まっているのだ」
「北ルデクで? それはまた何故?」
「正直、よく分かってはおらぬ。ザックハートの統治がうまくいっているから、その義娘であるルファも良い印象を受けているのか、それとも今まで当たり前のように存在していた“信仰”が突如消えたがゆえに、その補完として、第10騎士団の巫女で心を埋めようとしているのか……ともかく、北ルデクでは先生よりもルファの方が人気があるのは事実だ」
「なんと……」
それは初耳だ。
「つまり、ルファを妻に迎えることは、今後のルデクの統治において有用に働くと考えている。これはゴルベル王の娘、リーナレド姫や、名家の娘では得られぬものだ」
「北ルデクの人気が事実なれば、確かに……」
「それからもう一つ、ルファには素晴らしい才がある。こちらは説明するまでもなかろう。ルファは人を選ばず、相手の懐に入るのが恐ろしく上手い」
「それは、その通りですな」
あの父をたらし込んだのだ、稀有な才能であろう。
「私が王を継いだ後は、ルファにも外交を手伝ってもらいたいと考えている。今後、各国とのやりとりは、武力よりもより外交が重要となる。その時、ルファが、あの人たらしが国の中心にいると考えてみよ」
それは、間違いなく大いなる武器だ。
「以上を以て、私はルファを妻に迎えたいと考えている。どうだ?」
「先ほど申し上げましたとおり、私に異存はございません。ですが、王子の話を伺い、仮にルファが私の義妹でなかったとしても、賛意を示したいと存じます」
「そうか、感謝する」
「ちなみに、父上、ザックハートには?」
ザンバードに問われると、王子は少しだけ眉を下げ、「実はまだなのだ。こればかりは少々勇気がいるものでな」と苦笑する。
「左様ですな」
その気持ちはザンバードにも分かる。こちらも苦笑するしかない。
「ところで、ルファにもまだお話ししていないと言うことでしたが、本人の意思を確認しなくてもよろしいのですか?」
「うむ。それは全ての外堀を埋めてからと考えている。ザンバードが懸念を示した通り、事情が事情だ。中途半端な状況で気持ちを伝え、ルファに不快な思いをさせたくない」
なるほど、説得が終わらぬ前に、王子の求婚が広まれば、ルファに余計な言葉を投げかける貴族もいないとは限らない。いや、確実にいるな。王妃の椅子は貴族たちにとっては魅力的な場所だ。
しかし……
「もう一つ、申し上げてもよろしいですか?」
「なんだ?」
「もしも、全ての段取りを終えてルファの意思を確認した時に、ルファが断ったら?」
ここまでの話を聞いて、ザンバードの一番の心配はここだ。そのようなことになれば、ローデル家の立場もない。だが、王子の表情は穏やかだ。
「そうだった、大切なことを忘れていた。もしも私の思いがルファに伝わらなかったら、この話は全て、他言無用だ。ザンバードの胸にしまって、忘れて欲しい」
「ですが……」
「うむ。どこからかは必ず漏れ、揶揄されるだろうな。だが、私が笑われる程度なら構わぬ。ルファが嫌な思いをしないのであれば、それで良い」
全てはルファを気遣ってのこと、か。
「……婚儀に招かれる日を、心待ちにしております」
「ああ、断られぬように己を磨き、その時を迎えたいと思う」
そのように言いながら、王子は静かに微笑むのだった。
危うくザンバードさんの憂鬱で年の瀬を迎えるところでございました。
なんとかまとまって良かったです。
2023年も残すところあと2日ですね。
明日は年末年始っぽいお話で、新しい年のお迎え準備をしたいと思います!
どうぞお楽しみくださいませ!