【やり直し軍師SS-177】ザンバードの憂鬱③
「あ、あの! サザビー様、パンのお代わりはいかがですか!?」
娘が顔を赤らめながら、王子の護衛に声をかけている。
「いえ、お気遣いありがとうございます。どうぞ、リビュア様もお食事をお楽しみください」
爽やかに微笑むサザビーを見て、「まあ」と頬に手を当てる娘。その隣では、息子が「ネルフィア殿、もう一杯いかがですか」などと、こちらも鼻の下を伸ばしていた。
やれやれ。ザンバードはゼランド王子と歓談しながら、心の中で苦虫を噛み潰す。どうにも我が子らは危機感が薄い。
確かに2人とも見目麗しいが、あのロア=シュタインが手配した王子の護衛なのだ。間違いなく危険な相手である。
ルファもまた普通でないことは、ザンバードも嫌というほど思い知っている。更には双子の存在。ここにいる数人だけでも、室内はさながら猛獣の檻の中のように感じていた。
幸いなことに最も危険と思われた双子は、現在のところ大変大人しい。というか、肉を奪い合うのに忙しいようだ。
しかし、これらを麾下に置くロア=シュタインとは、一体どのような人物であるのかと改めて思う。
「ザンバード殿、どうされた?」
「ああ、いえ。まだ多少緊張しているのでございます」
そんなザンバードの返答に、心配そうな声を上げたのはルファだ。
「もしかして、迷惑だったかな?」
「いや、決してそのようなことはない。ローデル家に王子がお越しいただくなど、大変な名誉だ。大歓迎ではあるが、恥ずかしい話、私はこれほど高位なお方を歓待した経験がないのだ。何せ、そう言った相手は大抵は父上を訪ねてゆくからな」
そう、ザンバードも含め、家人が浮き足立っているのは経験の少なさもあるのだろう。偉大な父、ザックハートに頼ってきたつけが回ってきたのだ。
実際問題として、父は領地にはおらず、常にゲードランドに滞在していた。そのためローデル家に伺いを立てるということはすなわち、ゲードランドの父の元へ出向くこととほぼ同義であった。
なので原因の一端は父にもあるのだが、当主でありながらここまでなんの手も打ってこなかったザンバードは、文句を言える立場ではない。
「一理あるな。失礼だがローデル家といえば、それはすなわちザックハート将軍と思う貴族は多かろう。詮無いことだ」
王子がすぐに理解を示す。こうして少し話してみても、十分に聡明さを感じる。
「ありがたく存じます。とはいえ、滞在中にご不便をおかけするようなことはないように、精一杯務めますので……」
「到着した時に伝えた通り、今日はルファの友人としてきたのだ。要らぬ気遣いは不要。と、言いたいところだが、そういうことであれば、私を練習台にしてもらうことにしよう。よろしく頼むぞ」
「ははっ」
そんなザンバードたちのやり取りを見ていたルファが、クスクスと笑いながら、「ゼランド君、王子っぽいねぇ」などという。
そう、驚くべきことに、我が義理の妹はゼランド王子を「君」付けで呼んでいたのである。最初に聞いた時は驚愕したものだが、王子も特に何も言わないので、ザンバードも触れることができずにいた。
今も王子は全く気にすることなく、「うむ? 普段から結構王子っぽいと思うが? 威厳が足りんか?」と首を傾げている。
「違うよー、ちゃんと相手の事情を考えていて偉いなって!」
「うむ。そうか」
嬉しそうに顔を綻ばせる王子。
「王子がデレてるぞ!」
「やーいやーい」
わざわざ遠くから余計なことを言う双子。
こうしてザンバードただ一人が神経をすり減らした晩餐は、それなりに平和に進んでゆく。
途中で双子が悪ふざけを始め、ルファに怒られて大人しくなるという、ローデル家の全員が目を丸くするような出来事はあったが。どうにかこうにか、無事に宴は終了。
貴人も泊まれるように設えられたそれぞれの部屋へと散会してゆくのを見送ってから、ザンバードは妻に「少し仕事をする」と言い残して、執務室へ。
別に仕事が溜まっていたわけではない。独り静かな時間を過ごしたかったのである。
その夜。
ようやく肩の荷を下ろし、執務室で一人ちびりちびりと酒を舐めていたザンバードの元へ、執事がやってきた。
「ザンバード様、夜分に申し訳ございません」
「なんだ? どうしたのだ?」
「実は……」
言い淀む執事の様子に、何やら嫌な予感がする。
「まずいことか?」
「い、いえ。何か問題が起きたわけではございません。……実は、殿下が……」
「王子がどうなされたというのだ?」
「はい、ザンバード様と内密のお話をされたいと、今、灯りを落とした食堂で許可をお待ちでいらっしゃいます」
「なんだと!? す、すぐにこちらへお連れしろ!」
ザンバードの長い夜は、まだ終わりそうにないのであった。
ぐぬぬ、まさか三話でまとまらないとは…。もう一話続きます!