【やり直し軍師SS-176】ザンバードの憂鬱②
2話くらいでサクッと終わらせるつもりが……もう1話続きます!
遂にその日はやってきた。
ザンバード達は執事等も含め、家人総出で外へ出て並んでいた。無論、ゼランド王子の出迎えのためだ。
「やっぱり豪華な馬車でいらっしゃるのかしら? もしかしてルファも同じ馬車に?」
娘が妻と、楽しそうに話している。流石に妻の方はいささか表情が硬い。
呑気なリビュア以外は、皆口数少なく街道を見つめている。幸い、ローデル家の屋敷は高台にポツンと建っており、他に建物らしい建物はないので見晴らしは良い。
本来であれば統治している街の近くの方が都合が良いのだが、父が「いざという時の砦」という役割を館に持たせていたためこのようになった。
ゆえにローデルの館は兵士を収容できるように無駄に広く、周辺の斜面には、低いながらも3重の石垣を巡らせている。
平和になった今、このような大仰な館が必要かといえば些か疑問だが、まあ、わざわざ縮小させる理由も今のところない。
規模が大きければ当然、管理にかかる費用も馬鹿にはならない。とはいえ、北ルデクにいる父の懐を頼らなくとも、十分に回せる状況にあった。というか、儲けは徐々に右肩上がりになっているのが実情だ。
大きな理由は、収益の要である2つの街。
ゲードランドから王都ルデクトラドに至る主要街道には、全部で3つの街がある。このうち一番南にあるオリザが、ローデル家の管理下に置かれている。それともう一つ、同じくゲードランドから帝国へ向かう街道のセミエルも。
他にも小さな集落はあるが、この2つの街の税収がローデル家を支えていると言って過言ではない。その税収が好調なのである。
特にセミエルの街の発展が著しい。急速に良くなった街道と、帝国との関係。これにより西側の人の動きが活発化している。セミエルもその恩恵を大いに受けている街の一つだ。
また、ローデル家はルデク南部に唯一存在している貴族である。その為、他の南部の街村は全て王家の直轄。おかしな足の引っ張り合いがないことも好影響を与えていた。
「あ、父上、あの一団ではないですか?」
街の発展について考えはじめたところで、息子の声がして意識を戻される。確かに数名の騎馬がこちらへ向かってきていた。
しかし、数は20もいない。
「……少ないですね。先触れか何かでしょうか?」
デリクアドの言葉も尤もだ。次代の王の移動としては少なすぎる。それに馬車の姿もない。先触れとしては逆に多すぎる気もするが、何かあったのかもしれない。
ザンバードが身構えていると、その姿がはっきりとしてくる。
「あら、ルファだわ!」
娘が声を上げた。そう何度も顔を合わせているわけではないが、陽の光に輝く青い髪を見間違えることはない。ルファは馬に乗ってこちらに近づいてきていた。
ということは、まさか……
そのまさかであった。ザンバードの前で馬を止めた青年。立ち昇る若さをそのままに、馬上から溌剌とザンバードへ声をかける。
「ザンバード=ローデルであるな。ゼランド=トラドである。此度は世話になる。よろしく頼むぞ!」
直接言葉を交わすのは初めてだ。これが、ゼランド王子……。想像よりも遥かに自信に満ち溢れ、ともすれば既に風格すら漂っている。
「はっ。ザンバード=ローデルにございます。王子におかれましては、ご機嫌麗しく。このような遠方までお越しいただきありがとうございます。どうぞ、気兼ねなくお過ごしいただきますよう。何かあればすぐにお申し付けくださいませ」
「うむ。そこまで畏まらなくても良い。今日はルファの友人としてきたのだ。家人の友を出迎える感覚で頼む」
「ははっ……すぐに、というのは難しいですが、なるべく……」
「ザンバードは正直で良いな」
ザンバードの返事に満足したのか、馬を降りたゼランド王子はルファの方へ歩み寄り、手を差し出してルファが降りるのを手伝ってやる。
その様を眺めるしかないザンバード。しばらく見ないうちにさらに美しくなったルファは、地面に降り立つと無邪気にこちらを手を振った。
そうして妻や息子、娘を紹介したところで、息子が「失礼ながら……」と口にする。
「王子様の護衛としては少々少なく感じますが、他に兵士がおられるのですか」
その言葉を聞いてザンバードは密かに苦い顔をする。王子の前でなければ「馬鹿」と注意してしまうところだ。
息子の質問に王子は気を悪くするでもなく、ははと笑う。
「ルファの帰省についてゆきたいと言ったら、先生が特別に護衛を貸してくれたのだ。この辺りは治安も良いからな。この人数で十分ぞ」
「左様でしたか。王子は豪胆でいらっしゃいますね」
呑気な返事を返す息子。しかしザンバードの考えは全く違う。王子はしっかり護衛を揃えてきた。
王子たちの前にいた男女、そしてその後ろにいた顔立ちのよく似た2人の女性。どちらも只者ではない。
特に後ろの2人、王子が“先生”と言ったのはロア=シュタインのことだ。ならばおそらく、第10騎士団から護衛が出ている。つまり、あの2人は“歩く厄災”と恐れられる双子騎士と見て間違いない。
息子は本当に気づいていないのか? 或いは、一度は騎士団に身を置き、規格外の父を見続けてきたザンバードだから分かるのか。
双子の醸し出す雰囲気は、“暴力”そのもの。
これは、息子も一度騎士団を経験させるべきだろうか? 純粋な暴力を目の前にして何も感じないのでは、命がいくつあっても足りないのではないか?
「お義兄様、どうしたの?」
ザンバードの感じた一抹の不安など意に介さずに、ルファが小さく首を傾げる。
「い、いや。なんでもない。さ、まずは屋敷に、旅の疲れを癒していただこう」
どうにか気を取り直し、客人を館へ招きながら、また新しい悩みの種にザンバードは小さく息を吐いた。