【やり直し軍師SS-175】ザンバードの憂鬱①
待て、落ち着け、ザンバードよ。まずは冷静に、そう、冷静に状況を見極めることこそ肝要だ。
ローデル家現当主、ザンバード=ローデルは自室で繰り返し自分に言い聞かせていた。落ち着けと言いながら、先ほどからずっと部屋をぐるぐると歩き回っている。
ローデル家は有名とはいえ、一度絶えた家名だ。それを父、ザックハート=ローデルの功績によって名乗ることを許された。つまり貴族としては名はあれど格なしという存在である。
無論、表立ってそのように言う貴族はいない。しかしながら貴族の集まりに出れば、その空気はザンバードに嫌というほどに伝わってきた。
集まりに顔を出すのが父、ザックハートでないからというのもあるだろう。遠回しといえども、父にそのような真似をするほどの度胸は貴族連中にはない。
ただ、貴族連中の気持ちもわからないではない。彼らにとって格とは、己らの一族が必死になって積み上げてきた存在価値そのものだ。
武閥の貴族が大きな顔をするのは、彼らにとって面白いものではなかろう。
ザンバードとて、その辺りのことは弁えている。ゆえになるべく波風を立てずに、ゆるい付き合いを確保していた。
ザンバードとしては、娘がそこそこの貴族と婚儀を結んでくれれば、徐々にこういった軋轢も減ってゆくのではないかと考えている。
父親視点ではあるが、娘は器量も悪くない。それにやっかみがあるとはいえ、北ルデクの総督を輩出したローデル家と縁を結びたいと考える家が、片手以下ということはないだろう。
ある程度地固めが済む頃には、息子に代を譲る時期となろう。ザンバードはローデル家を次に繋ぐことこそが、自分の責務であると考えている。
可能ならば、中の上くらいの家と太い繋がりができれば重畳。
そのように考えていたのだが……
このままでは溶けてしまうのではないかと思わせるほどに、ぐるぐると部屋を回るザンバード。その円の中心には一通の手紙が置かれている。
―――お友達と帰省しても良いですか―――
義妹より最初に届いた知らせ。
なんとも奇妙な運命を歩んでいる娘だが、時をかけて様子を見ても、ローデル家に害なすような存在ではないし、我が子らともうまくやっている。おそらく、今回は父が一緒に来られないため、こちらに許可をとりに来たのだろう。
特に断る理由もない。ルファの友人ということは第10騎士団の誰かか、或いはわざわざ断りを入れてくるということは、新しく知り合ったどこかの貴族の娘であろう。
そのように考えたことからこそ、ザンバードは気にせず連れておいでと返しておいた。
この返答が失敗だったとは思っていない。むしろ、英断である。難色を示していたらその後どうなっていたことか……
お友達がローデル家にやってくる。ルファと一緒に。
もはや、ゼランド王子がルデクの次代の王であることは誰の目にも明らかだ。よほどのことがなければ揺るがないだろう。
内政面、外交面において既にいくつもの功績を残している。内政ではロア=シュタインらの献策をよく拾い上げて、臣下の言葉に耳を傾ける人物であると浸透させつつある。
例えば、競い馬の競技場などは、ゼランド王子の功績としてわかりやすいものの一つだ。
また、外交面においては帝国、ゴルベル両面に強い絆を確保しており、こちらも頼もしい。特にゴルベルの次期王候補であるシャンダルとの関係は実の兄弟のようで、次の世代における両国間の関係はゆるぎないものと思われた。
ゼウラシア王がまだまだ若いこともあり、王子が戴冠するのは当面先にはなるはず。
だが、継承が既定路線であるゆえ、今、貴族たちはかの方に顔を売るために大わらわとなっている。
特に王弟派であった貴族たちは、どうにか巻き返そうと必死。そこにはもはや、悲壮感すら漂っていた。
ローデル家は中立を保ってきたので大きな影響はなかったが、王子が当家にやってくるとなれば、これ以上は中立を保つのは無理だ。
きっかけを求めて、王弟派だった貴族たちが擦り寄ってくる可能性もあるし、そうでなくてもローデル家を利用しようとする貴族が近づいてくることは想像に難くない。
面倒なことになるな。
ようやく立ち止まったザンバードは鼻の頭に手をやった。そしていつかの父の言葉を思い出す。
『そういえばの、王子がルファを随分と気に入っておるようだ』
まさか、いや、まだ“そう”と決まったわけではない。
とにかく、王子の怒りを買うような真似だけは避けねばならん。評判を聞く限りは理不尽なことをするような御仁ではないとは思うが、実際のところは会ってみないとわからない。
王子はなんのために、当地へいらっしゃるのか……
ようやく椅子に座ったザンバードは、深く、深く息を吐いた。