【やり直し軍師SS-171】ノーレスのお使い⑤
ノーレスの前に突然現れて、言い争いを始めた謎の三人組。
暫く呆気に取られて眺めていると、とにかく話はまとまったらしい。
そうしてようやく、そのうちの一人、片眼鏡の男性が改めてこちらへ向き直る。
「……改めて、俺はリヴォーテ=リアン。グリードルの人間だ。ルデクでは大使長官をしている」
「はあ、どうも……は? 貴方がリヴォーテ、殿……?」
予期せぬ名乗りに、ノーレスは不覚にもおかしな声を出してしまい、慌てて口を押さえる。
「なんだ? 何かあるのか」
何かあるも何もあった物ではない。もはや疑問しかない状況ではある。
「いえ、失礼しました。ルデクトラドで聞いた話では、リヴォーテ殿はロア殿に同行していると聞いておりましたので、まさかこのような所でお会いするとは思っていなかったのです。もしや、ロア殿もこちらの砦に?」
ノーレスの質問に、リヴォーテから帰ってきた返事は「否」だ。
「ロアはまだ遺跡の方にいる。俺は所用があったので、偶々この砦にやってきていたのだ」
「そうだったのですか……」
と、話が綺麗に終わりそうな所で、双子か歳の近い姉妹と思われる女性騎士が絡んできた。
「要は菓子を喰いにきたんだ」
「遺跡の街にはあまり菓子がないからな」
そんな2人にリヴォーテが慌てる
「なっ! 菓子を食いにきたのはお前ら双子だけだ! 俺は視察だ、視察!」
「一番がっついていたやつが何を言ってる」
「そうだそうだ!」
未だ状況は全く掴めぬが、とりあえずこの二人が双子であることと、リヴォーテとは仲が良いことだけは分かった。双子の騎士? もしかして……
「失礼、貴殿らはかの有名な双子騎士、ユイゼスト殿とメイゼスト殿なのですか?」
「そうだ。そっちがメイ」
「ああ、そっちはユイだ」
ロアの側近の双子騎士。色いろな意味で有名な二人組だ。帝国では破壊の女神とも呼称されている。
「…そう、ですか。お会いできて光栄です」
ノーレスが挨拶をすると、双子は不思議そうに首を傾げる。
「お前はなんで男の格好をしているんだ?」
「なんの遊びだ?」
ノーレスは息を呑んだ。元々中性的な顔立ちのノーレスは、出立ちで女と見抜かれたことはない。
ここまでの道中においても、女性かと問われたことは一度もなかった。現に今、双子の言葉を受けたリヴォーテは、驚きを以てノーレスを見ている。
「……なぜ、気づかれました?」
隠しているが、喉仏でも確認されたか? いや、多分違う。
「おかしなことを聞くな!」
「見ての通りだろ!」
むしろますます不思議そうにする双子。
「すぐ気づくよな!」
「だな! なあ、リヴォ太郎」
双子に話を振られたリヴォーテは、「ん? ああ、もちろんだ!」と慌てて返し、
「ほーん、お前まさか」
「気づいてなかったろ」
などと揶揄われて、また3人でわちゃわちゃと始める。
「あの……」
どうしたものかとノーレスが困惑しているところに、先ほどの兵士が一人の男性を連れて戻ってきた。
「いやあ、遅れて申し訳ない。貴殿がグリードルのご使者様ですな。私はこの砦を預かるボルドラスと申す。本日の滞在を希望されるということでしたな」
ボルドラスの名前は知っている。ノーレスは姿勢を正すと、一礼。
「第四騎士団長のボルドラス様ですね。ご高名はかねがね。ノーレスと申します。ご迷惑でなければ、一晩屋根をお借りしたい」
「こちらは全く問題ありません。ゆっくりされるが良い。それに明日の出立ならちょうど良いですな、ユイ、メイ、ノーレス殿を送って差し上げろ」
「ええー……いいぞ!」
「ボルドラスの頼みなら仕方がない」
騎士団長であるボルドラスに対して、ともすれば不遜とすら思われる態度で接する双子であったが、ボルドラスは全く気にするそぶりもない。
双子の了解を得たボルドラスはノーレスに向かい直り、「聞いての通りです。明日はこの2人が現地までご案内いたします」と言う。
「そ、それは助かります……」
なんだか勢いに呑まれつつも、ボルドラスに招かれるままに、再び何やら言い争っている3人を放置して、砦へと足を踏み入れるのであった。
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翌日。
今日も変わらず騒がしい3人の後について、平原を進む。この辺りはまだ街道整備が進んでいないようで、昨日までの快適さからは一転、細くてでこぼこした道を駆ける。
ノーレスはそこまで騎乗技術に自信がある方ではない。むしろ普段は自分の足で動き回ることが多い。ここまでの道が楽だったこともあり、急な細道は少々難儀しながらついてゆく。
「なんだ、馬は苦手か?」
「なら少し緩めてやる」
意外に周辺に気を配る双子に甘えて、慎重に馬を走らせる。
そうして途中でもう二泊挟み、ついに遺跡が見えてきた。
勾配のある山の斜面に、張り付くように古代の建物が屹立している。まるで一つの巨大な建造物のようにも錯覚するほどの、迫力のある光景だ。
その麓では、遠目から見ても明らかに巨大な街が、造成されつつあった。
おそらくは街を作るための関係者が寝泊まりしているのであろう、作っている街のそばにもう一つ街があり、そこから多くの人々が出入りしている。
仮設と思われる街ですら、すでにそれなりの規模だ。だか、造成中のほうはそれと比べても遥かに大きい。完成したらどれほどのものになるのか想像がつかない。
「これはまた、見事ですね……」
ノーレスの素直な感想に満足げなのはリヴォーテ。
「そうであろう。陛下が絵図を描いたのだ。大陸有数の街になるはずだ」
「なるほど……」
「俺はロアを探して、お前のことを伝えてくる。邪魔をしなければ街の様子を見ていてもかまわんぞ」
「……よろしいのですか?」
皇帝が絡んでいるとはいえ、ルデクの施設だ。帝国の人間の許可で勝手に歩き回って良いのだろうか?
「問題ない。現に俺がこうして歩き回っている」
それは確かに、説得力のある言葉だ。まあ、これだけの人の出入り、各国の諜報なども多数うろついているのは想像に難くない。
「では、お言葉に甘えて……」
こうしてノーレスは一刻ほどのちに合流すると約束し、新しい街の見学に繰り出したのである。




