【やり直し軍師SS-170】ノーレスのお使い④
レニーに勧められた通り、ノーレスは帝国大使館に向かう。
目的の建物は帝国旗がはためいていたから、すぐに見つかった。
ノーレスが扉の前に立つと、ノックするよりも早く扉が開き、ノーレスを招き入れる。
この対応の速さ、恐らくレニーはノーレスと別れてすぐに、連絡を済ませていたのだろう。さすがロア=シュタインの秘書官。手回しの良いことだ。
「ルルリア様の側近であるとか。どうぞ、一晩おくつろぎください」
そのように歓迎してくれる相手に礼を伝えながら、「まずは大使長官のリヴォーテ様にご挨拶差し上げたい」と告げる。
しかし帰ってきたのは、申し訳なさそうな表情と「不在」の一言。
リヴォーテ=リアン。“鋭見のリヴォーテ”の異名を持つ帝国の名将の一人だ。ルデクと同盟が成立したばかりの不安定な情勢の中、皇帝の勅命によってルデクの監視役を請け負うという大任を任されていた。
肩書が監視役から親善大使に変わった現在も、祖国のためにルデクに滞在している忠臣。
ノーレスがまだ南の大陸にいた頃、ドランからその名を耳にしたことがある。ドランが口にするほどの人物、折角だから会ってみたいと思ったのだが…
「任務でどこかへお出掛けですか?」
「実は、ロア殿と行動を共にしておりまして」
「ロア=シュタイン殿と? では、やはり重要任務ということですか?」
ノーレスの言葉になぜか少しい言い淀んでから、「……まあ、そうとも言えます」と、なんとも歯切れの悪い返事が返ってくる。
少々腑に落ちないところもあるが、ロアと同行しているのなら丁度良い。どのみちこちらから会いに行くのだから、その時にお目にかかれるだろう。
ノーレスは気持ちを切り替えると、明日のために早めに体を休めることにした。
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「それでは何か困り事がありましたら、伝馬箱の兵士を頼ってください」
地図を準備した上に、わざわざ見送りに来てくれたレニーが言う。
「伝馬箱?」
聞き慣れぬ単語に、ノーレスは首を傾げた。
「街道沿いにある、兵士が駐屯している建物のことです。王都に来るまでに見かけませんでしたか?」
「ああ、あの建物を伝馬箱と言うのですか。グリードルでは聞いたことがない単語です。ルデク独自の文化なのですか?」
「いえ。あれはロア副団長が創設したものです。街道周辺の治安維持と、各地への正確な情報伝達を目的としています」
「あれも、ロア殿が……」
「ええ。副団長がこの国にもたらした物はとても多いのですよ。さ、道中お気をつけて」
まだ少しレニーに話を聞いてみたい気持ちを残しつつ、そのように促されてノーレスは王都を出た。
レニーに渡された地図を頼りに、まずはひたすらに北を目指す。まだ新しさの残る街道を道なりに進むだけなので、迷うようなことはない。
進むこと数日。出立前にレニーから宿泊を勧められたキツァルの砦が見えてきた。この砦のことは知っている。有名な戦いが行われた場所だ。
「と言うことは、ここがゼッタ平原か」
ノーレスは一人呟く。眼前には平原が広がっている。確かゼッタ平原を越えてしまえば、目的の場所はもう少しのはずだ。
キツァルの砦には留まらずに進めば、目的地の到着を一日くらいは短縮できるかもしれない。
そんな考えが頭をよぎり、少し迷ってから思い直す。レニーに勧められたし、そうそう足を運ぶことのない場所だ。折角なので立ち寄ってみよう。
城門では兵士が周辺を警戒している。この辺りになると、旅人や商人もかなり少ない。砦に近づくノーレスに、兵士がわずかに槍の穂先を向けた。
「失礼、私はグリードル帝国の者だ。ロア=シュタイン殿に、我が主人、ルルリア様の親書を届ける最中なのだ」
そのように名乗ると、兵士は警戒を若干緩め、
「何か、証明するものはありますか?」と聞いてきた。
ノーレスはルルリアから預かった証しとともに、レニーが書いてくれた手紙を渡す。
「確認してまいります。しばしお待ちください」
一人の兵士が城門の中へと消え、しばし手持ち無沙汰な時間が過ぎてゆく。
そうしてノーレスがぼんやりと平原を駆け抜ける風を楽しんでいると、城門の中から随分と騒がしい声が聞こえてきた。
「おい! ついてくるな! 大人しく菓子を食っていろ!」
「私たちに命令するとは偉くなったものだなリヴォ太郎」
「私たちの薫陶のおかげだな」
「貴様らに何か教わった覚えなどないわ!」
突然何事かと訝しがるノーレスの方へ、徐々に声は近づいてくる。そして突然、競い合うようにして3人の人物が城門から飛び出してきた。
「私の勝ちだ!」
「メイ! 私の方が少し早かったぞ!」
「いや、私の方が早かった!」
「いーや、私だね」
突然ノーレスの目の前で、同じ顔の美人が言い争いを始める。
何が起きたのか理解できずに唖然としていると、その2人を押し除けるようにして、片眼鏡の男がノーレスの前に立った。
「ルルリア妃の側近というのはお前か? 私の記憶にはない人物だな」
「元々南の大陸で側仕えをしていた者です。この度ルルリア様に改めてお召しいただきました」
「ほお」
鋭い視線がノーレスを観察してくる。
「失礼ですが、貴殿は?」
「ああ、俺は………」
「おい! リヴォ太郎! どっちが早かった!?」
「私の方だよなリヴォ太郎!」
「うるさい! 今大事な話をしているのだ! 邪魔をするな!」
何やら再び揉め始めた3人。ノーレスは「リヴォ太郎ってだれだ?」と思いながら、その様子をただ眺めるのだった。




