【やり直し軍師SS-17】自問と答え④
フェマスから逃走する間、サクリはずっと黙って何かを考えているようだった。
恐らくはショルツの最後の言葉、あれが関係しているのだろう。
ーーーこの戦いは貴殿と兄上、そしてその者らに迎合する正導会の者達が始めたものだ。なら、敗北した今、教皇猊下の、そしてリフレアの民達を守るために、貴殿らが責任を持って終わらせなければならないーーー
ーーー聞く、聞かぬの問題ではない! やらねばならぬのだ! それが戦を始めた者の責務。ここで簡単に命を捨てるつもりがあるのであれば、貴殿の命を賭けてでも、降伏の道筋を切り開いてもらう!ーーー
ショルツの魂の言葉は、ムナールの心さえ少しは動かした。サクリはより重く受け止めたはずだ。
ショルツが身体を張ると宣言した通り、追っ手が迫っている気配はない。
何度か背後を確認したムナールは、沈黙を貫くサクリへと声をかけながら、サクリの乗る馬の手綱を掴んだ。
「おい、これ以上は馬が潰れる。少し速度を緩めろ」
「………………」
無言のサクリを放っておいて、ムナールはサクリの馬の速度を緩める。
もう深夜に近い。ここらで一度休息を入れるべきか? もしくはこのまま夜通し進み、目に入った町で馬を替えるか。
……まあ、後者だな。いくらショルツが抑えていると言っても限度はあろう。ならば、どこかの町まで走って……いや、確かこの近くに小さな砦が一つあったな。そこに向かった方が確実か。
そのように判じたムナールは、馬首を砦の方向へと向ける。それからぼんやりとしているサクリを見て、心の中で苦笑した。
……俺は何を律儀に、コイツの面倒見ているのだ。
ショルツに頭を下げられたとはいえ、このような事をする義務はない。もはや趨勢は決した。リフレアは滅ぶ。ネロが俺の飯の面倒を見る事がない以上、俺もコイツらに付き合う筋合いは無いのである。
いっそここでサクリを放置して、ルブラルの方へ単騎で逃げてもいい。
しかし、見てみたい。この兄弟の行く末を。
結局ムナールはサクリを見捨てる事なく、砦を目指すのだった。
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「これは酷いな」
砦の状況を見てムナールは笑ってしまう。
砦には、判断力の乏しい経験の浅い兵士と、既に覚悟を決めた老兵が僅かに残るばかりであった。
ムナール達が逃げるより早く、逃亡した兵がやってきたのだろう。それらの話を聞いて、守備兵達は敗戦を確信した。
ならば、交戦のために大きな砦に移動したか? いや、この混乱具合から考えて、大半は逃げたな。
仕方がないことだ。食い物がないのだ。籠ったところでどうにもできない。しかも援軍も期待できないとなれば、籠城など無意味だ。
「おい、馬は残っているのか?」
ムナールの問いに、老兵から「数頭でしたら……」と返答があった。
「ならその中から生きの良いのを2頭用意しておけ。一刻ほど休んだら出る」
そう宣言するムナールに、老兵は「我々はどうすれば良いでしょうか……」と聞いてくる。ムナールの尊大な態度に将官と勘違いしたようだ。リフレアに赤い髪の将官などいるはずもないだろうに。そんなことを思い至る余裕もないのか。
そもそも俺は騎士団ではないが、そう答えて馬を借りにくくなるのも面倒だ。そしてサクリは未だ黙したまま。
「……どの道ここでは守れん。ルデク兵が迫ってきたら、降参しておけ」
ムナールがそのように命じると、老兵はほっとしたように頭を下げた。
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道中、何度か同じように砦を経由し、宗都を目指す。
ーーなるほど、本当にこの国はもう終わりだなーー
立ち寄った砦はどこも最初の砦と似たような状況であった。戦意のない兵士がまばらに残っているだけ。
一部は宗都での最終決戦のために退いたようだという話も聞こえたが、大した人数ではなさそうだ。中には、交戦派と降伏派で揉めたのか、すでに火の手が上がっている砦もあった。
一国の終焉を感じさせる風景を見ながら、サクリとムナールは進む。
「おい、着いたぞ。宗都だ」
「ああ。そうか」
ようやくサクリが口を開いた。
それから、
「ムナールよ、最後の頼みがある。ある準備を手伝ってもらいたい」
サクリは覚悟を決めた顔で、ムナールを見た。




