【やり直し軍師SS-169】ノーレスのお使い③
『ロア=シュタインとは、どのような人物なのですか?』
出立前、そのようにルルリアに聞いたことがある。
ロアも同行した遠征の際に、密かにルルリアと合流したノーレスであったが、実はロアの顔を見てはいない。
晩餐会に参加できる立場ではないし、立場的にも早い段階で船に乗り込んで、船内で大人しくしていた。
大っぴらに動くのは皇帝に許可を得てからの方が良いということで、ルデクの要人どころかグリードルの人間であっても、ノーレスが乗船していたことを知らぬ者の方が多いほどであった。
そのため北の悪魔と名高い、ロアを直接見ることも叶わなかったのである。
いや、こちらでは「大軍師ロア=シュタイン」か。
南の大陸におけるロアの評価は“恐怖の対象”というのが最も一般的であるように思う。
空前の凶作を読み、事前に南の大陸より食料を買い漁ると、それらを元に北の大陸の富をかき集めた。更には一国と、一つの信仰を滅ぼした男。
滅ぼされたリフレアにも大いに落ち度があったようだが、それにしても苛烈極まりない。
全てに決着がつき、北の実情が南の大陸にも入ってくれば来るほど、ロアの恐ろしさが広まっていった。
あのドランを以て『特異な存在』と評されるほどの御仁、さぞ恐ろしい相手に違いない。
ノーレスは貴人相手でも相応の応対ができるように学んできたが、特にロアだけは怒らせないように細心の注意を払う必要があった。
故に事前にルルリアから人なりを聞きたかったのだが、ルルリアが真剣な顔で言ったのは、『料理は得意ね』だけである。
それから表情をゆるめると、『まずは会ってみること。それが一番わかりやすいわ』と付け加える。
恐ろしい相手ではあるが、ルルリアとは非常に親しいと聞いている。多少のことでは腹を立てぬという信頼からか。とはいえノーレスとしてはできればもう少し情報が欲しかったが。
そして先日の旅一座の演目、多少の脚色はされているだろうけれど、それにしたって無双の活躍ぶり。本当にどれほど才を溢れさせているのか。
「お兄さん、前を見ていないと危ないよ」
どうも考えに浸りすぎてしまったようだ。馬が進むに任せて屯所の前を通ると、外にいた兵士が声をかけてきた。
「ああ、ありがとう。少し考え事をしていたのです。そうだ、ついでに伺いたいのですが、ルデクトラドまでは後どのくらいですか?」
問われた兵士は笑顔で「もうすぐだよ。日が暮れるまでには到着できるさ。一本道だから迷う事もない」と返してくる。
その兵士に礼を言って、言われた通り広く整備の行き届いた道を進めば、巨大な城壁が見えてきた。
「あれがルデクトラドだな……」
ルルリアから帝都と同じくらい大きいと言われていたが、確かにこれは大きい。さすがルデクの中枢。
帝都やルデクトラドとフェザリス王都を比べると、フェザリスの方はせいぜい少し大きな街というほどに違いがある。
正門は街へ入るために旅人や商人が列をなしている。審査する兵士も多数いるが、それでも捌ききれぬ人数が溢れていた。
長々と待ってようやくノーレスの番になった。来訪の目的を告げ、ルルリアから預かった通行証を提示すると、「なんだ、これを持っているなら並ばずとも入れたぞ」と呆れられる。
目抜通りの先にある城壁で、再度目的を告げるよう門番から説明を受け、街へ。
既に分かっていた事であるが、本当に賑やかだ。帝都に比べれば伝統的な建物が多いが、道ゆく人々から立ち上る気炎は帝都と遜色ない。この街はまだまだ発展してゆくのだと思わせる空気が充満している。
大きく長い通りをようやく通り抜け、城門で再度目的を告げる。これより先は王の敷地。さすがに受付で行列を作るようなことはなかったが、その場でしばらく待つように告げられた。
「お待たせしました。私の後についてきてください」
しばらく後にやってきた兵士に連れられ、城内へ。こちらも広い。街と同じほどの広さがあるように感じられた。騎士団の訓練を横目に見ながら、中央の豪奢な宮殿に進む。
「失礼致します。ロア様のお客人をお連れしました」
案内の兵士が告げるとすぐに扉が開いて、穏やかそうな人物が招き入れる。
「初めまして。私はロア副団長の秘書官をしているレニーと言います。ようこそ、王都へ」
レニーに招かれ部屋に入るも、他に人の気配はない。勧められるままソファに座ると、レニーがお茶を手渡しながら、申し訳なさそうにした。
「折角ここまでお越しいただいたのに申し訳ないのですが、副団長は今、王都を離れていまして……」
「そうなのですか。どちらに向かわれたかお伺いしても?」
「ええ。構いません。特に隠す必要のない話です。ルデク北西に古代の遺跡群があり、現在、そちらに大きな街を作る計画なのです。副団長はその打ち合わせに」
「街を?」
「はい。副団長の肝煎りの政策ですので、こうしてまめに様子を見にいっておられるのです。グリードル帝国の皇帝陛下も協力しておりますが、ご存じないですか?」
「……すみません。私は元々南の大陸でルルリア様の側仕えであったので、こちらの大陸に渡ってきて日が浅いのです」
「ああ、そうだったのですか。それで、本日は、ルルリア様の親書をお持ちになられたとのこと。私が留守を任されていますが、親書をお預かり致しましょうか?」
「お気持ちはありがたく。気を悪くされたらすみませんが、我が主人より直接手渡しするように申しつかっておりまして……」
ノーレスがそのように答えても、レニーは不快感を表すことなく、あっさりと「そうですか」と無理強いすることはない。
それから「しかしながら一応内容は確認させていただく必要があります、拝見しても?」というので、手紙を手渡す。内容はノーレスも知らない。
レニーはしばらく手紙に目を落としてから、「なるほど」と呟いた。そうして手紙を丁寧にしまうと、ノーレスへ戻しながら、再度聞いてきた。
「間違いなくルルリア様のお手紙です。内容も理解しました。それではどうします? もしも副団長が戻るまでお待ちになるようでしたら、滞りなく滞在できるよう手配いたします。宿泊は帝国の大使館を利用されるのが良いでしょう」
ルデク城内にはグリードル、ゴルベル、ツァナデフォルの大使館がある。
元々はグリードルから派遣された監視役が、長期滞在していたものが始まりだ。
長じて各国との連携を強めるための出張所に変わり、専用の建物が用意されたと聞く。
同様に帝都にも同じ施設が設けられ、互いにまめな情報交換がなされているらしい。
だが、ノーレスとしてはルデクの見聞も兼ねて、このまま王都で時間を潰すより、自分から相手に近づきたい気持ちがある。
「レニー殿のご配慮は有り難いのですが、もしも問題なければ、私の方からロア様の元へ伺いたいと思います。大丈夫でしょうか?」
「問題ないと思います。副団長もしばらくは向こうにいるはずなので、行き違いになる可能性はないでしょう。では、現地までの地図を用意させましょう。それから道中、いくつかの砦に立ち寄ってください。そこで私の用意した手紙を見せれば、この先で困ることはないはずです」
「感謝します。しかし、宜しいのですか? 自分で言うのもなんですが、見ず知らずの相手にそのような」
「もちろん普段はこのような不用意なことはしません。ルルリア様の側近の方なら、ということです。お持ちになられた証明も、グリードルの方に間違いないとお墨付きをもらっていますから」
なるほど、ロアとルルリアはノーレスが考えているよりも強い信頼感があるのか。ともかくそこまで段取りしてもらえるのは助かる。お言葉に甘えておこう。
「では、レニー殿、お手数ですがお願い致します」
「お任せください。それでは、本日は大使館の方へ連絡を入れておきますので、そちらでお休みを。明日朝一番までには準備を整えておきましょう」
そのように言うレニーに送り出され、ノーレスは部屋を後にするのだった。