【やり直し軍師SS-168】ノーレスのお使い②
ノーレスの旅路は順調そのものであった。野盗が襲ってくるようなこともない。見知らぬ土地ではあるが、これなら、野宿でも無事に王都まで到着できるような気さえする。
とはいえルルリアから命じられた任務で来ているので、野宿をするつもりはないのだが。
しかし本当に治安が良いな、と密かに感心しながら進む。南の大陸でも、ここまでの国は珍しいように思う。
原因は簡単に断定できる。広い街道の道端にいくつも設置されている、小さな屯所のおかげだ。
定期的に配されたこの小屋には、常に数名の兵士が屯していた。見たところ、兵士が寝泊まりもできるような施設になっているようだ。
道中常に兵士がいるのでは、邪な考えを持つ者たちはやり辛いだろう。この屯所で行商人が何やら相談しているような姿も見られた。
これらの屯所は、見たところどの建物も比較的新しい。長い時間をかけて作ったのではなく、一気にこの制度を導入したのだと想像できる。
誰が考えたか知らないけれど、なかなか面白い考えだと思う。道中の安全性が確保されれば、必然的に人の動きは活発化する。なるほど、大陸2強と呼ばれるだけのことはある国策だ。
確か、当代の王はゼウラシア王といったはず。かなり優秀な王なのかもしれない。
そんなことを考えながらのどかに進むと、少し大きな街が見えた。陽はまだ傾きかけたばかりだが、行程は順調すぎるほどだ。今日はここで一泊することに決めた。
馬を降り、街に入ると賑やかな音曲が聞こえてくる。
「旅人さん、運がいいね。今日は旅一座が来ているよ」
門番をしていたおじさんが宿と厩の案内と併せて、音曲の理由を教えてくれた。お礼を言って近くにあった厩に馬を預け、音のする方へと足を進めてゆく。
旅一座、南の大陸ではあまり馴染みのない存在だ。全くいないわけではないが、数は非常に少ない。これは北と南の国の考え方による差であろう。
南の大陸は北の大陸よりも広く、国の数も多い。そのため、国によって入出国の審査に大きな差がある。つまり国を渡り歩くという行為そのものが難しいのだ。
南の大陸で芸術を生業とする者たちは、国や貴族、裕福な商人が支援者となって手元に置くもの。だから人気のある一座を見たいとなれば、客の方がその国や街に足を運ぶ必要がある。
ノーレスがルルリアから初めて旅一座の存在を聞いた時は、少々呆れてしまった。北の大陸はなんとゆるいことか、と。
まあ、異国の文化だ。ノーレスが口を挟むところではないけれど。
広場に到着すると、丁度ひとしきり演目が終わったところであった。
「休憩を挟み、次は一刻後に開演いたします。どうぞ皆々様! お食事の後に、あるいはお食事とともに、またハ・ノア・レイテの芸をお楽しみくださいませ!」
そういうことならひとまず宿を押さえて、食事を済ませてしまおう。ノーレスは踵を返し、門番に教えてもらった宿へと向かう。
情報収集と食事を兼ねた酒場巡りで時間を使い、頃合いになると再び広場へ。広場にはすでに多数の観客がおり、思い思いに簡素な椅子に座って、その時を待っている。
ノーレスも座席を確保してしばらくすると、開演直前には立ち見が出るほどの人が集まってきた。
「お待たせいたしました! では夜の公演を開始したいと思います! 演目は3つ! 1つの演目ごとに休憩を挟みます!」
座長と思われる男性がちょっとした決まりごとを説明し、舞台には楽器を持った一座の者たちが登ってきた。
こうして始まった旅一座の芸。
歌と寸劇を組み合わせた物であるようだ。寸劇が進むごとに歌い手が現れてストーリーを歌い上げる。
中々に見事なものだ。素直に楽しい。
しかしノーレスにとって注目すべきは、その芸の完成度ではない。3つ目、最大の盛り上がりに使われた演目の方。
―――大軍師ロアの物語―――
演目が読み上げられただけで、観客から一際大きな歓声が上がる。大した人気である。
しかし、これから自分が手紙を届ける相手の劇があるとは思ってもみなかった。こういった劇で、存命の有名人をテーマにするというのは珍しいように思うが、これも文化の違いで、北の大陸では普通なのだろうか。
そのような思いで見ていたノーレス。演目が終わったところで横に座った老夫婦の会話が耳に届く。
「今回の旅一座の大軍師の話は新しかったのぅ」
「初めて聞く物でしたね」
少なくともロアの物語が流行していることは間違いないようだ。
あのルルリア様も一目置く男、ロア=シュタイン。
果たしてどのような人物なのか。ノーレスは大いなる興味を持ちながら、旅一座へ向けて数枚の銀貨を投げ入れた。