【やり直し軍師SS-165】ローメートの野望⑤
僕らの前に次々と運ばれる新しい菓子。あえて時間差を持たせているので、一堂に介している訳ではないけれど、それでも壮観だ。
「えーっと、これで30皿目かな?」
僕が空いたお皿を数えていると、「31皿目ね」とラピリアが教えてくれる。
そんなラピリアは、今回の試食に際して様々な茶葉を準備していた。
お菓子を紅茶と合わせて相性を確認している。お茶好きのラピリアのことだ、一番しっくりくるお菓子を推すのかもしれない。
周辺を見れば、それぞれ思い思いに菓子の採点を続けていた。数名はラピリアのように独自の方法で王室御用達を決めようとしている。
例えば文官方の重臣であるリューリア女史は自作の採点表を持ち込んで、一つ一つ丁寧に点数を書き込んでいた。
一方で法の番人、ポーラ女史はこちらも自前の付箋を用意して、食べ終えた皿に貼り付けている。皿によって付箋の数が異なっているので、彼女の中の何らかの加点があったものに付箋を挟んでいるようだ。
リヴォーテも何やら真剣に帳面に書き付けながら採点。
この辺りの人々の真剣さがすごい。
もちろんローメート様が一番なのだろうけれど、そのローメート様は一皿口にするごとに「んんん〜」と楽しんでいるだけで、どのように選んでいるのか見当もつかない。
少し妙なことをしているのは双子。
ユイゼストが目隠しをして、メイゼストがユイゼストの口にお菓子を運んでいる。遊んでいるようにしか見えないけれど、何か深い考えが……あって欲しいものだなぁ。
ともかく、ここまでに出てきたお菓子はどれも素晴らしかった。
さすが王に提供する前提でなお、この場に集まった菓子職人たちだ。どれもなかなか凝ったものである。
比較的多いのは、流行の最先端にあるプリンと雪泡を合わせたもの。その組み合わせ自体は僕が以前にやったように、そこまで目新しいとは思わないけれど、やはりこの2つは親和性が高いみたい。
ただ、さすが玄人だなと思ったのは、雪泡を飾りの一つと捉え、見た目にこだわったものが多いこと。
特に面白かったのは、雪泡を生き物のように波型にプリンに飾りつけた作品。どのような手法か僕には見当もつかない。
これには他の人も興味を惹かれたようで、王の命で考案した職人が呼ばれることになった。
「こちらは、特別な絞り機を自作し、それを使って飾りつけたのです」
職人が差し出したのは、星型の金型を先端に取り付けた布の袋だ。
差し出した金型に対して、身を乗り出して覗き込んだローメート様。
「なるほど、この型から雪泡を押し出すことで、あの不思議な飾りつけができるのですね。これは、素晴らしい着眼点です。御兄様、私、この方には特別賞を授けたいと思いますが、いかがでしょうか?」
「うむ。よかろう。モモンと言ったな? 相応の賞金と、この器具にモモンの名を記すことを許す」
「あ、ありがとうございます!!」
モモンさんは床に額をつけんばかりに頭を下げた。お菓子業界で使われる器具に自分の名をつける、それはきっととても名誉あることだろう。
プリンとの組み合わせ以外では、焼き菓子を使ったものも目立った。
こちらは様々な焼き菓子の間に、果物を混ぜた雪泡を挟んだものが多い。
個人的には甘くない木の実の入ったお菓子は結構美味しかった。甘さが少し控えめになって僕には食べやすいし、木の実の香ばしさが意外にまとまりを見せている。
その他にも、雪泡そのものに香辛料を加えてみたりと、本当にどの職人さんも感心するような工夫の数々を提案してみせた。やっぱり専門家に任せるのが一番だと改めて思う。
こうして一通りの試食を終え、僕らは紅茶で一息つく。もちろん僕は砂糖もジャムも抜きで。
いずれも少量とはいえ、45個ものお菓子を試食して、個人的にはしばらく甘いものは良いかなという気分。
頃合と見たのか、ゼウラシア王が「さてでは、そろそろ決めるか」と、話し合いの開始を宣言。
「ではまずは各々、これは、と思ったものを5つまで上げてもらおう。上限が5つであって、無理して5つ選ぶ必要はない」
ゼウラシア王の言葉に、思い思いに気に入った皿の番号を書いて提出。
全員の候補がテーブル上に出揃い、それを眺めた王は「ほほう」と笑う。
一つだけ、全員の候補に入っていた番号があったのだ。
「これは最早、議論の必要はないな。どうだ、ローメート」
話を振られたローメート様も満足そうだ。
こうして初めて開催されたお菓子の祭典は、満場一致で優勝者が決定したのである。
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王室御用達の菓子は、ルデクのみならず大陸中に大きな話題を呼んだ。
その菓子は中が空洞になるように工夫された生地を焼き、その中に雪泡を入れたものだ。
薄皮のサクサクした軽やかな食感と、中の甘くて溶けるような雪泡の繊細な組み合わせが素晴らしく、ローメート様を持って、雪泡を一番美味しく食すために誕生した菓子と言わしめる。
見た目が葉野菜のシューメスによく似ていることからシュークリームと名付けられたそれは、プリンやシルク焼きと並び、大陸三大定番菓子として君臨することになるのであった。