【やり直し軍師SS-164】ローメートの野望④
雪泡をお披露目してから10ヶ月ほどが過ぎ、王都ルデクトラドには国中から腕に覚えのある菓子職人が結集した。
ローメート様の野望であった、お菓子の祭典の開幕である。
会場はまだ建物も新しい、競い馬競技場。この施設の周辺をぐるりと囲むように多数の菓子屋台が居並んでいる。
また競技場の中の座席も解放されて、屋台で購入したお菓子を食べることもできる。さらに、コースの内側には王族など今回の主催者の席が特設されていた。
もしよからぬ考えを持つ者が紛れ込んでも、競い馬の馬場を通り抜けなければ貴人には近づけないため、存外理に適った配置である。
もちろん一般席にも警備兵はいるので、弓矢などで狙うことは不可能。
「これは、中々に使い勝手が良いかも知れぬな」
競い馬の施設の思わぬ使い道を、ゼヴラシア王は大分気に入ったようだ。確かにちょっとした演説なども、目抜通りの広場を使用するより効率が良いかも知れない。
ちなみに今回の祭典、ただお菓子職人の屋台を楽しむだけではない。45人も集まった菓子職人の中からたった一人に、『王室御用達』の称号を与えることになる。
菓子においてこのような試みは初めてだけど、王が認めた国一番の菓子職人となれば、栄誉と共に莫大な客を呼び込むことになるだろう。当然参加者の鼻息は荒い。
なお、菓子製作に関しては全員に条件を出した。
条件とは、雪泡を使用したお菓子であること。僕がローメート様に提案したのである。
そのために、祭典参加は事前登録制とし、登録した職人は参加承認を得られると、雪泡のレシピと、泡立て器が1つ与えられた。
この2つは参加賞のようなもので、より早く各地に雪泡を、ひいては砂糖を身近に感じさせるための策だ。同時に泡立て器も。
さらに、僕の目論見はもう一つ。僕はそもそもお菓子の専門家ではない。一人の力でローメート様の要望に応えることなどそもそも無理があるのだ。
ならばいっそ、国中の菓子職人の腕と技術でまだ見ぬ新しい菓子を生み出した方が効率が良いと考えたのである。
ローメート様は僕の提案を受け入れ、菓子職人の雪泡を使った創作菓子を考える期間を与えてから、この日を迎えた。
なお、一定評価を得たものは旅費も国が負担する。一応建前上はそのようにしているけれど、全く見当違いな、例えば菓子ではない何かを提供しない限りはこの費用は支払われる予定だった。
ただし屋台で売り上げた菓子の売上金の一部は国が接収することになっているので、国の懐は傷まない。というか、ものすごい人出なので、多分十分な利益が見込めるはずだ。
そう、ものすごい人出なのである。
一応国内限定の催しであるので、各国に招待状を出したとか、そのようなことはない。にも関わらず、各国からこの催しを目指してやってくる人々がいたのには驚いた。お菓子の力、恐るべしである。
皇帝あたりも勇んでやってきそうだけれど、今回は来ていない。普通にサリーシャ様に怒られたらしい。「次回は必ず招待状を出せ」という悔しそうな手紙が来た。次回の予定は未定なのだけど。
まあ、この人出を見れば、毎年とは言わずとも定期的に開催するのはアリだな、と思う。
実際ゼウラシア王とそのあたりについて少し話したけれど、かなり前向きな感じだった。
ちなみに要人を呼んでいないと言ったけれど、一部例外もある。
まずは南の大陸のラッツと、ベヴンという2つの国の外務大臣を招待している。この2国はルデクの主要な砂糖の輸入元だ。いずれも南の大陸でも比較的南部にある国で、大臣クラスの交流はあまり頻繁ではないのだけど、輸入量を増やす方向であるため良い機会と招いたのだ。
それからもうひと組。
ゴルベル王国のシーベルト王及び、王妃、そしてその姫が招待されていた。つまりシャンダル王子の家族である。
これはゼランド王子主導のものと、シャンダル王子には内緒で進められた。
シャンダル王子は以前より実質的な帰国許可が降りていたようなのだけど、自ら祖国へ戻ろうとはしなかった。
兄貴分のゼランド王子が原因を聞き出したところ、渋々と答えたのが「里心がつくのが怖い」という返答。
事情を知ったゼランド王子だったが、その言い分には納得しなかった。
「これほどしっかりしているシャンダルであるから、本人の言う不安など、気の迷いのはずだ。それよりも無理をするのは良くない」として、密かに家族を招いたのである。
シャンダル王子は当初目を丸くして驚いていたけれど、今は楽しげに4人でお菓子を楽しんでいる。幼いながらもルデクで頑張ってきたシャンダル王子だ。わずかばかりでも家族水入らずの時間を過ごしてもらえれば良いなと思う。
シャンダル王子のことはともかく、現在、僕らの前には大量のお菓子が並んでいる。さすがに全てを食べるわけにはいかないというか、食べきれない。毒味も必要であるし、どのお菓子も口にするのはひと匙程度。
まずは見た目を確認して、少しだけ味見。味見をした中から、それぞれが気に入ったものを選び出し、厳選された逸品の中から頂点を決める予定となっている。
審査員となっているのは、今回の一件で味見に立ち会った面々である。
こうして様々な菓子を楽しみつつ、雪泡を使った究極のお菓子の候補が絞られていったのだ。