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【やり直し軍師SS-145】軍師と姫君⑨


 月も隠れる曇天。暗闇の中で、地上から橙の大きな灯りが立ち上っている。一目でそれは、炎と分かった。


「予備食糧庫が奇襲された!」


 再び誰かが叫んだ。位置関係からして間違いない。隠しておいた予備の食糧庫が燃え上がっている。


「虚報では……なかったのか!」ぎりりと歯軋りをしながら炎を見つめるロゴス。しかし悔しがっている場合ではない。


「すぐに部隊を編成し、フェザリスの弱兵を討ち果たす!」


 近くにいた兵士に主だった者を集めるように命じ、同時に別の兵士には「こちらを監視していたフェザリスの部隊は、偽装の可能性がある。すぐに調べよ!」と指示を出す。


 そうして自らも急ぎ支度を整えると、暫定的に本部と定めていた建物へと足を踏みいれた。


 程なくして諸将が揃う。情報のすり合わせをしている間に、フェザリス兵の様子を見に行かせた兵士も戻ってくる。


「フェザリスの陣中には誰もおりません! 兵士に見立てた人形だけが立っていました! 念を入れて周辺も確認いたしましたが、人の気配はございません!」


「なんだと! 謀りおったか!」将の一人が激昂するも、ロゴスが止める。


「やはりか。では、予備食糧庫を襲ったのはあの場所にいた4000、或いはそれ以上の兵士がいるかもしれぬ」


 ロゴスの言葉に、諸将の間に緊張が走る。だが、ロゴスは動じることなく続けた。


「何、フェザリスの規模を考えれば、追加できても恐らくは総勢で5000程度だ。この場にそれ以上を投入するのはフェザリスとしては厳しかろう」


 恐らくフェザリスが常時動員できる兵数は1万3000程。無理してかき集めても、ようやく2万を超えるかどうかだろう。


 守備兵も鑑みれば、現実的に動かせるのは1万が限度。しかし、この戦場に全軍を向かわせるとは考えにくい。万が一敗れれば、もはや抵抗の手立ては無くなるのだ。


 5000というのは、国力から導いた現実的な数と言える。ロゴスの予測は諸将も概ね納得のようで、異を唱えるものはいない。


 こちらには8000の兵がある。予備の食糧庫にも1000置いてある。さらに言えば、フェザリスには猛将、勇将と評される将は見当たらない。6000程割いて差し向ければ、問題なく蹴散らせるはずだ。


 いや、念には念を入れて、7000差し向けるべきか?


 ロゴスはここで考える。


 今、こちらを監視する敵はいない。ある程度砦が形になっている今、1000も残せば守備は問題ないのではないか?


 だが、とロゴスはもう一度状況を鑑みる。そもそも、予備の食料庫はあくまで保険。補給線が完全に絶たれたわけではない。ならば、相手をしないという選択肢もある。


 ロゴスはそのように口にして、諸将の意見を集めると、意見は割れた。


「ここで確実にフェザリスを叩いておけば、後々やりやすくなる」と、出兵賛成派が声を大にする。人数としては、こちらのほうが多い。


「しかし、もしも砦に何かあれば、ここまでの苦労が……」懸念を口にする消極派の言葉にも一理ある。


 結局、決断に至ったのは次の一言であった。


「このまま予備食糧庫に好き勝手されては、周辺国に舐められます。どうせ奴らの兵数はたかが知れている。ならば、希望通り痛い目を見せてやりましょうぞ!」


 副官のモラエが力強く宣言。


 やはり、懸念はそこだな。ただ放置しては、フェザリスどころか、取り込みつつあるメビアスにも影響が出る恐れもある。


 出撃する以上は、当然勝利が求められる。


 ならば、やはりここは念には念を入れ、多くの兵を差し向けるべきだ。


「兵7000で奴らを打ちのめす。必ず勝ち、相応の戦果を持ち帰る!」


 ロゴスはついに決断。自身も出陣を考えたものの、そこは思い直した。夜間の戦闘。指揮官がいたずらに戦場に出るものではない。


「モラエ、現場の指揮は任せる。私はここに残り、状況を精査する」


「……はっ」


 こうしてアンダード軍は、砦にわずか1000の守備を残し、離れた場所にある予備の食糧庫へと急ぎ兵士を指し向けたのである。



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜



 アンダードの砦から次々と兵士が出てゆく様は、ドランと、その隣りにいるパーナルへ逐次報告された。


 パーナルはこの部隊の指揮官だ。フェザリスでは希少な、戦闘経験のある老将である。


 彼らは今までいた草原ではなく、国境をこえ、メビアス領内の目立たぬ場所に息を潜めていた。


 メビアスはアンダードを刺激しないように配慮したのだろう、この辺りに守備兵を出していないことは、ドランが調べ尽くしている。


 アンダードはまさか、フェザリス兵が国境を越えた先に潜伏しているとは思っていない。彼らの慮外の安全地帯。ここはそういう場所だ。


「最後の部隊が出撃したようです」


 砦の門が閉じられたのを確認した、との伝令が届く。


「6000〜7000、恐らくは7000近い兵士が出陣。……ドラン殿の予測通りですな」


 パーナルは驚きを持ってドランに声をかけたが、ドランは喜ぶこともなく小さく見える砦の篝火を眺め続ける。


「ドラン殿。アンダード兵が完全に離れるまでしばしの間、貴殿がどのように敵を動かしたのかご教授いただいてもよろしいか?」


 パーナルが問うと、ドランはようやく口を開いた。


「何、簡単な話です。まず私は多数の虚報を向こうの指揮官に送ってやりました。彼の者は時として臆病とも揶揄される慎重な男です。私の知らせに、ご丁寧に毎回しっかりと反応してくれましたな。その動きによって、敵の指揮官が一体何を準備して、何を大切に考えているかは私に全て筒抜けになったと言うことです」


「……なるほど、その中で食糧庫が一番の弱点と判じたと?」


「ええ。諸々の兼ね合いを鑑みれば、ある程度予測はしておりましたが。そしてもう一つ、度重なる虚報で間抜けどもはすっかり弛緩しておりました。愚かにも「まさか、フェザリスが攻めてくるわけない」と思い込んだのです」


 ドランはそれだけ説明するが、ここには裏がある。ドランの子飼いは当然のように、アンダードの軍中にもいた。その者たちが密かに「どうせいつもの虚報だ」と同僚に繰り返すことで、より兵士間の認識を緩ませていたのである。


 ドランは続ける。


「そして最後に、先入観。アンダードにとって、我々が隣国の国境を超えて潜んでいるとは想像もしておらぬでしょう。今までずっと近くにいた4000の敵兵が消え、食料庫が襲撃されたとなれば、当然奇襲をかけたのは、その4000だと思い込む。なれば、砦周辺の安全も確保できるため、確実に勝つために多数の兵を送り出すのは、かの者の性格からすれば必然」


「……よく、わかり申した」


 パーナルが暗がりでごくりと喉を鳴らす。


「それよりもパーナル殿、出撃の準備を。そろそろ頃合いでございます」



 ドランの目が、暗闇の中で怪しく光った。



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― 新着の感想 ―
[一言] さー、いよいよギャフンのタイミングが来るぞー ワクワク
[良い点] ロゴスさん、完全に読まれてますね。つぎは、パーナルさんの部隊が、砦を落として終わりかな。メビアスの領地にいるから、ここから攻めると、メビアスが裏切ったとか思われない?ひょっとして、それも狙…
[一言] 念には念を、そしてさらにもう一押し。 智将を投入したアンダート、まさかそれを逆手にとるような軍師がいるとは露程も思わなかったでしょうね!
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