【やり直し軍師SS-144】軍師と姫君⑧
アンダードの陣内。
通りがかりの兵士が、笑い話のようにフェザリスの襲撃計画について話していた。
「おい、あちらさん。今日は街道に砦を作って、俺たちを閉じ込めるんだってさ」
「なんだそりゃ。だんだん言うことが雑になってきたな。で、うちの大将はなんて?」
「一応、警戒しろってよ」
「どうせまた、偽情報だろ。慎重というよりも、ただの臆病じゃないか? いっそこっから攻め込んじまえば黙るだろうに」
「おいおい、聞かれたら懲罰ものだぞ。ここで動かないのは上からの命令だ。大将の責任じゃないさ」
弛緩し切った会話をする兵士が、モラエの陣幕のそばを通り過ぎてゆく。
「……ロゴス様にご報告いたしますか?」
モラエの側近が確認する。しかしモラエは首を振った。
「必要ない。罰したところで兵士の不満が膨らむだけだ」
ロゴスに付けられた副官の一人であるモラエにしても、正直ロゴスへの評価は今しがた通り過ぎた兵士たちと同じであった。臆病すぎるのだ。離れた場所で遠巻きに見ているフェザリス兵を放置しているのも気に食わない。
無論、モラエも基本方針は重々承知している。あくまでフェザリスから動いたという事実を得るために、ロゴスが沈黙を保っているのは分かる。
しかしそれならそれで、ただこちらを眺めているだけの相手を煽るなり、使者を送って詰問するなり、何かしらやりようはありそうなものだ。
モラエはそのように提言もしたが、ロゴスは首を縦に降らなかった。
曰く、「これだけ虚報を送ってきている以上、フェザリスが窮しているのは間違いない。あまり追い詰めすぎると、思わぬ反撃に遭うこともあろう。王より預かった兵士を徒に失うは愚策だ」と。
ロゴスの言うことも一理ある。兵は動かさず、ひたすら虚報を投げてくるフェザリスには、もはや少々の哀れみも感じる。直接やり合ったら勝てぬが故に、奴らなりに必死なのだと思われた。
しかし、ここまで頻繁では逆効果だ。最初こそ夜通しの警戒などで我らが部隊にも若干の疲弊が見られたが、今は通常とほとんど変わらぬ体制に戻っている。
そしてここまで情報が間違っている以上、内応者は露呈したと断じて問題あるまい。もはや、内応者の名前で報告が届いたところで、誰一人として信用はしていない。
それが内応者を騙った者の策なのか、それとも内応者自身が翻ったかはわからないが、いずれにせよ、毛ほどの役にも立たぬ人材となった。
まあ、砦の造成は順調だ。もう少しすれば、目的も達成できるだろう。少なくとも、ロゴスが大きな失態を犯したわけでないのなら、このまま傍観しておこう。それがモラエの立ち位置であった。
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夜半、もう寝入ろうとしたロゴスの元へ、報告が入った。
「またか……」
不愉快そうに寝台を起き上がり、報告を受けるために身支度するロゴス。どうせまた、いつもの虚報だ。いっそ明日の朝聞いても良いのではとも考えたが、念の為内容だけでも確認はしておかねばなるまい。
「それで、今度はなんだと?」
入ってきた伝令兵も申し訳なさそうだ。自分が無為な情報を持ってきているのが分かっているのだから仕方ない。
「食糧庫を燃やすために、奇襲をかけると……」
「なんだ、その話はもう聞いたことがある」
確か、一番最初の虚報であったはずだ。ついに虚報の内容すらも尽きたか。
「……どういたしましょう」
「……休んでいる兵を叩き起こすほどのことはない。念の為、今日の警戒当番の兵士の一部を、隠し食糧庫の警備増援として向かわせておけ」
「かしこまりました」
それで話は終わりだ。ロゴスは再び体を休めようとして、ふと、出てゆく寸前だった伝令兵に声をかける。
「お前はこちらを警戒している、平原のフェザリス兵を確認してきたか?」
兵士がフェザリスからの報告を持ち込んだならば、平原の近くを通ってきたはずだ。
「は? はい。暗がりでしっかりと確認したわけではありませんが、いつものように多数の兵士がじっとこちらを警戒していたようです」
「そうか。おかしな動きは?」
「特に感じませんでしたが……」
ならば、やはり、いつもの虚報か。
「分かった。もう良い。下がれ」
伝令を下げると、ロゴスは今度こそ眠りについた。
しかし、ロゴスは深夜突如目を覚ますと、寝台から飛び起きる。先程の兵士との会話の矛盾に気づいたのだ。
夜半に多数の兵士が、じっとこちらを警戒している? しかも、暗がりでよくわからなかったと言うことは、篝火も炊かずに?
なんだそれは? それではまるで……
人形のようではないか。
強烈な違和感に襲われたロゴスが、すぐに夜間警備の兵に確認しようとしたまさにその時、外が騒がしくなる。
「火が上がっている!!」
「予備の食糧庫の方だ!!」
ロゴスは寝間着のまま外に飛び出した。