【やり直し軍師SS-141】軍師と姫君⑤
小国の姫である以上、婚儀は政治に翻弄されるのだろうな、と覚悟はしていた。けれど相手がまさか、別の大陸の覇権国家とは。
これはルルリアにとっても想定外であった。
しかし、婚儀は成った。今、ルルリアの目の前には、この度晴れて婚約者となったグリードル帝国の第四皇子の手紙が置かれている。
ルルリアはその手紙を睨みながら、腕を組んでむむむと唸っていた。そんなルルリアの様子を心配したゾーラが、見かねて声をかけてくる。
「ルルリア様、ご不安なのですね……わかります……」
ゾーラはルルリアと共に、海を渡ることになる。彼女とて慣れ親しんだ祖国を離れるのだが、「ルルリア様を見知らぬ地でお一人にさせるわけにはまいりません」と同行を決断してくれた。ありがたいことだ。
本当はノーレスも連れてゆきたかったのだけど、こちらはしばらくというか、数年後になりそうだ。
ノーレスは若すぎて、嫁入りの同行者としては少々不自然すぎた。
グリードルにおける、ルルリアの立場がどのようなものになるか分からない。グリードルには極力不信感を持たせたくない。そのため状況が落ち着き、ルルリアが呼んでも大丈夫と判断したら呼び寄せるという話に落ち着いている。
ちなみに、ノーレス自身は別にすぐでも構わないという。もとより孤児院に預けられるような環境ゆえ、別に住む場所にこだわりはないのだそう。
「どこにいても、私のやることは変わりませんから」
澄ました顔のノーレスを見ていると、ルルリアも別に北の大陸だからと肩肘を張る必要はないように思えてくる。
いや、今、その件はいい。それよりも問題は、目の前の手紙だ。ゾーラにはルルリアが婚儀について沈んでいるように見えたのだろうけど、全く違う。
「いいえ、ゾーラ。そうではないの。婚儀についてはそれほど心配していないわ。それよりも、このお手紙よ。どうしようかしら」
この手紙は、婚儀の成立を知らせに舞い戻ったダスが携えてきたものだ。第四皇子に挨拶に伺った際に、預かったのだという。
内容はグリードルの気候など、ルルリアが暮らしてゆくにあたって準備しておいた方が良いことなどが書かれている。第四皇子、ツェツェドラの性格が伝わってくるような誠実なものであった。
手紙を読んだルルリアとしては、ツェツェドラへの印象は悪くない。今、頭を悩ませているのは返事についてである。
実はルルリア、手紙を書くのが少々苦手である。文章を書くこと自体は特に好きでも嫌いでもないのだが、手紙、となると何だが身構えてしまってうまく筆が進まないのだ。
しかし返事をしないというのも不義理というものだろう。向こうも、どんな娘がやってくるのか不安なのだ。せめて、海を渡るまでに何度かやり取りくらいはしておくべきだ。
「思ったことをそのまま書けば良いのではないのですか?」
ノーレスが首を傾げながら聞いてくる。
「そうなのだけどね。何だか、顔の見えない相手にお話をするのが、少し気恥ずかしいのよ」
ルルリアは基本的に対面で人と喋る方が好きだし、性に合っている。だからだろうか。けれど、とにかく頑張って慣れるしかないし。ツェツェドラ皇子に好印象を持ってもらうような内容を考えないといけない。
というわけで、先ほどからむーむーと唸っているのである。
「ドラン様にご助言を仰いでは?」
ゾーラがそのように提案するけれど、ルルリアは首を振った。
「ドランに他人を慮る文章は無理よ」
人を怒らせることなら得意な師匠である。
「……そうですね。では、ダス様では?」
ダスならばそつのない内容を提案するだろう。けれど、それも却下。
「ううん。だめ。こういう時は自分の言葉を使わないと、きっとツェツェドラ様にもそういうのは伝わると思う」
結局、誰に頼ることもできず。ルルリアは一日中手紙と格闘するのだった。
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「おや、それは例の姫様からの返信ですか?」
書類を携えツェツェドラの部屋へ来たブリジットが、目ざとく手紙を見つけて聞いてきた。
「ああ。ルルリア姫からの返信だよ」
「随分と早い返信ですね」
「うん。商船に乗せて届けてくれたみたいだ」
「なるほど。向こうも早めに交流を深めておきたいといったところでしょうか」
「そうかもしれない。私としても、相手の性格が分かるのは助かるよ」
「それで、姫様からのお手紙はどのような内容か、伺っても?」
興味津々のブリジットに、ツェツェドラは少し苦笑する。
「私の手紙の内容に関する感謝だとか、会うのが楽しみだとか、そういった取り止めのない内容だよ」
「左様ですか。それでも、皇子には何か得るものがあったようですね」
ブリジットは、ツェツェドラの口調で察してくる。
「うん。まだ何も分からないけれど、多分、明るい人だなぁ、とは思った」
「それは良いことですね」
「そうだね。しばらくは手紙のやり取りも続けてみようと思う。こちらも商船に手紙を託そうか」
「かしこまりました。では、そのように手配致しましょう」
書類を置き、一礼したブリジットが部屋を出ると、ツェツェドラは書きかけの手紙に再び目を落とすのだった。




