【やり直し軍師SS-140】軍師と姫君④
「あら?ドランとダスが2人で私のところに来るのは珍しいわね。……何か、大事な話ということね。ノーレスやゾーラは席を外した方が良いかしら?」
ドランがルルリアの部屋を訪ねると、3人で歓談していたルルリアは異常を察知し、すぐにそのように口にした。
頼もしいものだ、ドランは年若い弟子の反応に微笑む。尤も、微笑んでいると思っているのは本人ばかりで、側から見たら何か企む怪しげな笑みであるのだが。
「いや、姫。席を外す必要はございませぬ。2人にも全く無関係とは言えませぬので」
不安そうなゾーラと、対照的に平常心のノーレス。2人はドランとダスに席を譲るように立ち上がると、ルルリアの背後に立つ。
「さて、どこからお話しすればよろしいか……」
ドランは姫がなるべくショックを受けぬように、ゆっくりと言葉を選ぼうとしたが、この相手には無用の気遣いだったようだ。
「もしかして、私の婚儀、かしら? それも政治的な意図として」
と姫の方からあっさりと述べた。
本当に頭の回りの早いお人だ。ドランは満足げに頷くと、駆け引き無しで話を進めることにする。
「ククク……。流石でございますな。姫の仰せの通りにて。アンダードの間抜けが、ついに武力行使に打って出ようとしております」
「では、私はアンダードに?」
「いえ、あのような阿呆な国に姫を渡すなど言語道断。さらに言えば、南の国は今、どこが信用できるか分からぬ状況です」
下手な国に嫁がせれば、それをきっかけに併呑しようとする国も、決してないとは言えぬ。
「では、どこに?」
「……」
ドランは一度言葉を止める。言い淀んだのではない、ルルリアの表情から、すぐルルリア自身が答えを導き出そうとしていることが分かったからだ。
少しして「まさか」と小さく呟くルルリア。もう良いだろう。答え合わせの時間だ。
「北の大陸」
ドランはそれだけ述べ、
「やはり。では、グリードル、かしら?」
ルルリアが正解を口にする。ルルリアの背後にいた2人が、息を呑むのが分かった。
「左様でございます。姫には海を渡り、北の雄、グリードル帝国と我が国を結びつけていただきたい」
ドランが考える、フェザリスが現状を打破する最善の一手。これ以上のものはないと考えていた。
北のグリードル帝国に比べれば、南の有力国などさしたるものではない。北の国の情勢に疎い国でも、流石に帝国の力を全く知らぬということはあり得ない。上手く使えば強力な抑止力になる。
「……ドラン、2つ、いえ、3つ質問があります」
「なんでございましょう」
「まず1つ目、グリードルとはどこまで話をされているの?」
「まだ、何も。姫のご返答を頂戴できれば、すぐにダス殿が北へ向かいます」
ドランの説明を受けて、ダスが自分の胸をたたく。
「ルルリア様さえ宜しければ、このダス、我が誇りにかけて必ず、話をまとめて参りましょう」
ダスの返事を聞いて、ルルリアは笑みを見せる。
「ダスがそのように言うのなら、きっと成し遂げてくれるのでしょう。分かったわ。じゃあ、2つ目と3つ目の質問をいいかしら?」
「どうぞ」
「アンダードが兵を起こすと言ったけれど、今から婚儀の話を詰めて、間に合うの? そもそも撃退できる算段が?」
その質問は尤もだ。別の大陸への婚儀。明日明後日にどうこうなるものではない。普通に考えれば最低1年は準備期間が欲しいところだ。
とはいえダスの話を聞く限り、帝国皇帝は迅速果断な人物であるという。ダスが言うのなら間違いはあるまい。ならば、話がまとまれば1年は掛からぬのではないかと読んでいる。
ルルリアにもそのように説明。
裏を返せば話がまとまった場合、ルルリアが祖国にいることができる時間は、あと僅か1年弱と言うことになる。相手は大国、気安く祖国へ帰ることができる立場になるか分からない。場合によっては生涯、南の大陸の地を踏むことは叶わぬかもしれない。
ドランも自分で説明しながら、非情な話だと思う。だが、王にも説明した通り、この天に愛される才を持つ彼女なれば、いや、彼女だけが帝国とフェザリスの関係を確固たるものにできるとドランは信じていた。
「ああ、それからアンダードに対しては、心配いりません。出張ってきてもあしらう方法はいくらでもございます。それに、時間を稼ぐ方法も。差し当たって半年は動きを封じて見せましょう」
おまけのように付け足したドランの言葉に、ルルリアどころかノーレスも苦笑。何かおかしなことを言っただろうか?
「分かりました。私は帝国に嫁ぎます。ダス、段取りをお願いするわ」
ルルリアの判断は早かった。また、それを選択するに躊躇がない。ドランはもしもこの娘が主君であったなら、とその立場を少し惜しく思う。
そんなドランの横で「お任せください」と力強く返答するダス。それから一瞬ドランを見やる。その目には、ドランと同じようなことを考えていたと思わせるものがあった。
話が決まった以上、早々に王に報告し、ダスはその足で北の大陸へ向かわねばならない。時は一刻でも惜しい。ルルリアを連れて王の元へと急ごうとする中、ルルリアが小さく呟いた。
「……もしかしたら、ドランとダスの提案は私を避難させる意味もあるのかしら?」
この言葉に、流石のドランも驚いた。“それ”はドランとダスしか知らない、裏の目的だ。もしもフェザリスが滅んだとしても、この聡明な娘が残りさえすれば、フェザリスは復権することができるかもしれない。公には決して口にできない、最後の保険である。
「……さて、何のことやら」
かろうじてそのように返すドランに、ルルリアはすまし顔で続ける。
「安心して。私が何とかして見せるから」
その頼もしい言葉には、この姫なら本当に何とかしてくれかもしれないと思わせる強さがある。過酷な運命に挑まんとするルルリアに、ドランは心の中で深く頭を下げるのだった。