【やり直し軍師SS-14】自問と答え①
ーーー俺にとって、サクリとはどういう人間であるかーーー
ムナールは時折、それを考える。と言っても、いつも答えは決まっていた。
ネロから命じられた監視対象。それ以上でも、それ以下でもない。
ネロの意向に沿っているのであれば、サクリを手伝え。そして定期的に報告しろ。ネロから言われたことを忠実に守るだけ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ムナールの幼い頃の記憶は曖昧だ。
一番最初のはっきりとした記憶は、宗都ブロッサムの薄汚れた細道で、ひたすらに残飯あさりをしていた事。
ムナールの赤い髪は汚れていても目立つ。
宗都の人々はムナールを見ると迷惑そうに顔を顰めるか、関わりを持たぬように顔を背けるか。人によっては石を投げつけてくることもあった。
だからムナールは、日中は暗くてジメジメした場所で眠り、夜になると裏道にあるゴミ箱を漁って残飯を探す。ただ、毎日、これの繰り返し。
ムナールにとって大きな転機となったのは、教皇リンデランテが街を視察した時のことだ。
前の日に降った冷たい雨のせいで、ムナールは体調を崩しており、いつもの寝床に戻る気力もなく裏道のゴミ箱の横で丸くなって震えていた。
その日の教皇は、街の浮浪者の支援のために歩き回っていたらしい。そのため、裏道なども積極的に覗き、家なき者がいれば食料を手渡していた。そんな中で偶々ムナールは発見され、教皇の希望で保護されたのである。
本来であれば、体調が戻ったムナールは直ちに本山から追い出されるべき人間だった。
閉鎖的なこの国では、赤い髪の人間は忌避される。特に最近はその傾向が顕著だ。故に、ムナールへも石を投げつけるような輩が現れる。
ムナールがもう少し歳を重ねていれば、街を出て、他の国を目指すという選択肢もあったかも知れない。だが、ムナールにはそのような知識も、選択できる年齢でもなかった。
ところが、体調の戻ったムナールは何故か、正導会の中心人物であるネロに呼び出される。尤もこの時は、対面した人間がネロという名前だったことさえ知らなかったが。
ムナールのネロへの第一印象は「怖い」だ。感情の乏しい表情もさることながら、兎にも角にもその目が怖い。目の中に深い、深い闇があった。
ネロはムナールに視線を向けながら、それでいて一切ムナールを見ていないように感じる。
「……名前は?」
「…………」
「答えねば、このまま捨てる。もう一度だけ聞こう。名前は?」
「ムナール」
「それでお前は、飯が欲しいか? 寝床が欲しいか?」
「……それは……、欲しい」
「ならば私の命令を聞け。私に絶対服従している限り、飯も、寝床も与えてやろう」
「……何をすればいい?」
「ひとまずは、お前と同じ髪と目の色を持つ男の監視をしろ。そして定期的に私に報告せよ。報告は私が使者を遣わす。その者にせよ。他に用があればこちらから呼ぶ。質問は?」
「……ない」
「では退出しろ。あとは外で待つ者の言うことを聞いて、監視対象の元へゆけ」
それだけ言うと、ネロは書類に目を落とし、もうこちらへ顔を向けることはなかった。
ムナールは仕方なく一応ぺこりと頭を下げ、そういえば名前を聞かれたのに一度も呼ばれなかったな、と考えながら部屋を出だ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ムナールを初めて見たサクリはムナールの髪と目の色を見て、少し驚いた顔をする。だがそれも一瞬。先ほどの男とよく似た感情の乏しい表情で、こちらを見ている。
ムナールを連れてきた神官は尊大な態度で、サクリへムナールのことを説明。「今後お前の監視役だ。問題は起こすな」と言ったようなことを嫌みたらしく、くどくどと述べていた。
それからサクリの返事などほとんど聞くことなく、ムナールを残して出て行く。ムナールにはなんの説明もない。ただ部屋にとり残される。
「……」
「………………」
しばしの沈黙。破ったのはサクリだ。
「……親は?」
「いない。ずっと独りだ」
ムナールの返答に、ほんの僅か、頬を緩めるサクリ。
「そうか……私はサクリ。サクリ=ブラディアである。名は?」
「ムナール」
「ムナールだな。兄上が採用したのなら、精々兄上の命令に従うことだ。そうすれば食うに困ることはないであろう」
「……さっきの男は、お前の……サクリの兄なのか?」
「ああ、そうだ。私の兄上、ネロ=ブラディアだ」
「…………そうか」
ムナールと同じ色の目を持つサクリと、闇のような目の色のネロ、2人が何か事情のある兄弟だということはムナールでも容易に察しがついた。
「それで、俺は何をすればいい?」
「………今は何も」
「何も?」
「今は色々と”準備”をしている最中である。あと数年は刻が必要だ。そうであるな……当面は私の小間使いでもしてくれれば良い」
こうしてムナールは、長い、長い付き合いとなる、サクリとの出会いを果たしたのである。
 




