【やり直し軍師SS-139】軍師と姫君③
フェザリスの玉座の間は今、重苦しい空気に包まれている。怯えが垣間見える臣下たちの姿を、ドランは末席から冷静に見つめていた。
そのような中で、既に周知の事実を改めて皆に伝えるために、王が口を開いた。
「アンダード王国が兵を起こそうとしている」
アンダードはフェザリスを狙う隣国だ。周辺国への配慮を踏まえれば、このタイミングで動いたのは、些か拙速な武力行使と言える。
フェザリスを含む小国連合に対して、調略を仕掛けていたのはアンダードだけではない。各国で水面下の駆け引きがある。
無理な武力行使はそういった国へも、侵攻の名分を与えることになる。下手を踏めば、逆にアンダードが他国から攻め込まれる恐れすらあるのだ。
しかし、アンダードは兵を起こそうとしている。遅々として進まぬ謀略に業を煮やしたのであろう。
今回の一件、一応の保険として、正確には進軍ではないとアンダードは他国に主張したいようだ。
そのためにアンダードは一芝居打ってきた。アンダードが取り込みつつある小国の一角、メビアス公国を利用した。
筋書きはフェザリスとメビアスの関係が悪化しているのを憂慮して、メビアスの依頼で仲裁に入るというものだ。
そのために、両国の国境に兵を出し、公平なアンダードの調停で和平の話をしたいという申し出。ただし、こちらに拒否権を与えぬよう、武力という脅しを伴った善意である。
建前であることは誰もが分かっている。本音はなし崩し的に、フェザリス侵攻の橋頭堡を確保せんとした動きだ。
アンダードは一度兵を入れて仕舞えばこちらのものとばかり、何かと理由をつけて、手頃な場所に砦でも作り、兵を常駐させるだろう。
そこからゆっくりと圧をかけつつ、こちらが折れるか、兵を起こすのを待つ。そんなところか。
こちらが小国であるからこそ打てる、強気、いや、舐めた策である。
だがドランはちょうど良いとも思っていた。細々と対策を講じるのも面倒であった。ここらで一度大きく叩いておけば、アンダードも、また、手痛くやられたアンダードを見た周辺国もしばらくは動くまい。
そもそも、フェザリスの規模だから相手は強気に出られるのであって、アンダードも大国という訳ではない。ドランからすれば、付け入る隙はいくらでもあった。
沈黙が続く中、報告をもたらし、王の前で膝をついている外交官にドランは声をかける。
「それで、待て、何もできぬ三下国家はなんと?」
ドランとしては小粋な冗談のつもりであったが、その物言いにギョッとした顔をしながらも、外交官は答えた。
「メビアスの許可は得ている。我が国にも兵を入れることを黙認するように、と」
その言葉に苦々しく反応したのはダス。
「茶番ですな。許可すればなし崩しに兵を常駐させるつもりでしょう」
みなの考えを代弁したダスへ、外交官は苦しそう返答する。
「しかし、断れば我が国がメビアスへの侵攻の腹づもりであると断定する、と」
その無礼な言葉に、さしもの弱気な家臣たちも激昂し、怒りに任せた言葉を吐き出し始めた。
「ふざけた話だ! 先に何かと手を出してきたのはメビアスとアンダードであろう!」
「このような話、受け入れられぬ!」
「だが、断れば、両国が攻め入ってくるのではないか?」
その一言に、先ほどまでの強気な発言がすっと消え、再びの沈黙。
どれだけ威勢の良いことを言おうと、2国を相手に跳ね返せるような力がない。一騎当千の猛将でもいれば話は別かもしれないが、そのような人物は、このフェザリスにはいない。
……はずだった。
しかし今は違う。ここにはこの、ドランがいる。
ダスやルルリアの後押しもあり、この二年間で王から確たる信頼を得ていたドランは、一歩一歩進み、王の前で膝をつく。
「策はあるか?」
「無論にございます。しかしながら、アンダードに関しては後回しで良いでしょう」
ドランの言葉に、その場にいた全員が目を丸くしてドランを見た。その中から王が代表してドランに話しかける。
「後回しとはどう言うことか、ドランよ」
「言葉の通りでございます。アンダードの事はなんとでもなります。それよりも、いよいよ先のことを決断せねばならぬ時期が来たのです」
「全く話が読めぬ。分かるように話せ」
「一国が兵を起こせば、他国もわれもわれもと動き出すでしょう。そうなってはもはや手遅れ。すなわち、我が国にはもはや一刻の猶予もないと言うことです。故にこそ、不心得な者共に楔を打たねばなりませぬ」
王はドランの言葉の意味を理解したようだ。不機嫌そうな表情を見せる。
「あの、件か」
「はい。以前より進言しております、帝国への婚儀の申し入れ。我が国の未来を切り開くためには、これしかございますまい。どうか、ルルリア様の輿入れをご決断いただきたく」
王は「ううむ」と唸った。自分の手元に置いておきたい娘。ドランから度々提言された策を、王は繰り返し跳ね除けていた。
「他に手は……」
なおも決断を渋る王に、ドランは続ける。
「一手で状況を覆すような手は、ございません。むしろこのままでは、ルルリア様を我らの敵国に嫁がせることになる可能性すらございますぞ」
「それは到底許容できぬ!」
王の激昂に返す、ドランの言葉は冷酷だ。
「許容できるかどうか、そのようなことすら選択できぬ状況に追い込まれる可能性があると言うことです」
非情だが、正論。フェザリスが追い込まれれば、十分にあり得る。
「しかし、ルルリアはまだ子供だ。海を渡っての婚儀など、あまりにも酷ではないか?」
「王よ、ルルリア様が子供など、とんでもないことでございます。あのお方は既に信頼に足りうる、王族の責務を背負う心構えをお持ちです」
ドランの説得に、ダスからも援護の言葉が重ねられる。
「マーズ王、発言をお許しいただきたい。王もご存じのとおり、ルルリア姫は非凡な姫でございます。仮に帝国との婚儀、そして同盟を取り付けるのであれば、その仲を取り持つことができるのは、姫を置いて他にございませぬ」
「……ダスよ、お主まで……」
「許可をいただければ、私が今すぐ帝国へ向かい、話を取りまとめて参りましょう。ドラン殿の言うとおり、おそらくここが最後の機会。どうぞ、ご決断を!」
眼前で膝をつき深く首を垂れる2人を見て、王はしばし、唸り声を上げ続けるのであった。




