【やり直し軍師SS-138】軍師と姫君②
ルルリアにとって、ドランの話はどれもこれも興味深いものであった。
ドランは常々、「自らが動いて出来うることなど、たかが知れております。それよりも如何に他人を動かすか。それに尽きます」という。
ルルリアは非力であるし、世間も知らない。そんな自分にとって、ドランのやり方は向いているように思えた。
また、ドランは恐ろしく見識が広い。南の大陸の各国の事情に通じている。ダスもかなりの知識を有するが、ダスの場合は大陸を巡る商人だ、実際に見聞きしているから、理屈は理解できる。
しかし、ドランはあまり旅にさえ出たこともないという。祖国からフェザリスにやってきただけでも、久しぶりの遠出だと。
ルルリアは素直にその疑問をぶつけてみた。するとドランは「ククク」と笑うだけで、詳しくは教えてくれなかった。
なお、このドランの笑いかた。しばらくドランと顔を突き合わせた結果、ある程度リラックスしているときに出るようだと気づいた。絶妙に口角を上げて笑うので、非常に悪そうに見える。
しかも本人には自覚がないらしい。ただ、時折話している相手が「ビクッ」とすることがあり、不思議には思っていたそうだ。
本当に見た目や言動で損をしている師匠である。
ともかく、忙しく不在がちなダスとは違い、基本的に王宮をうろうろしているドランは、ルルリアにとって格好の教師だ。事あるごとにドランに時間を作ってもらい、乾いた大地に水をやるように、知識をその身に吸収してゆく。
そんなことが2年ほど続いたある日、ドランが感心と呆れを込めたような顔で、ルルリアに言った。
「姫様は本当に勉強熱心でございますな。正直、ここまでとは思っておりませんでした」
「そうかしら? 私はまだ何も知らない小娘ですもの。フェザリスの発展のためには、これでもまだ足りないと思っているわ」
この頃、フェザリスを取り巻く情勢は少々きな臭いものになりつつあった。今まで6つの小国でそれなりにまとまっていたのだが、他国が俄かに魔手を伸ばしてきたのである。
特に積極的なのは隣国、アンダード。彼の国は宣戦を布告するでもなく、水面下で6国をかき乱さんと、何かと策謀を弄しているようだった。
また、6国を狙っているのはアンダードだけではなかった。いくつもの国の思惑が交差し、事態は静かに危うさを増してゆく。
無論フェザリスとて指をくわえてみているわけではない。様々な対策を講じているが、状況はあまり芳しくない。……と、聞いた。残念ながら、ルルリアは正確な内情を教えてもらえていないのだ。
ドランもダスも、父上から釘を刺されているようで、その辺りのことはぼかされてしまう。
やきもきするけれど、まだルルリアはフェザリスにおいて政治に口を挟むことを認められていない。ここはとにかく、歳を重ねるしかない。
「……そういえば、姫様は以前、私がなぜ、各国の情勢に通じているのか質問されたことがございましたな」
不意にドランがそんなことを口にする。
「ええ、でもドランは教えてくれなかった」
口を尖らせるルルリア。
「そうですな。ですが、そろそろ種明かしをしても良いかもしれません」
「え!? 教えてもらえるの?」
「ククク……姫様なら教えても良いかと思い至りました。無論、内密に願いたいのですが……」
「もちろん!」
「では……入ってきなさい」
ドランが合図すると、一人の少女が入室してきた。すでに部屋の外で呼ばれるのを待っていたらしい。
少女はルルリアを見るとぺこりと頭を下げる。澄ました顔つきでお仕着せを着ているが、そのお仕着せが似合っていない。多分、入室するために普段着慣れぬ服装をしている。
「この娘はノーレス。私の運営する小さな孤児院の出身です」
「孤児院の? え? ドランが孤児院を?」
「ええ。経営者は別の者を据えておりますが。そして端的に言えば、その孤児院は私の私設諜報部隊の育成施設です。ゆえに、私が見込んだ孤児のみ収容します」
さらりととんでもないことを言うドラン。
「では、そのノーレスという方も」
「はい。私の目と耳の一人。このような者たちを各国に多数、潜ませております」
その説明を聞いて、ルルリアは小さな疑問が浮かんだ。
「私設、となれば相応の費用がかかるのでは? どうやって……」
「ククク。何、独り立ちした者達は、それぞれ手に職を持っておりますし、それぞれが手に入れた情報を私が精査し、各々の商売に繋げております。これが意外に儲かるものなのです。それ故、私はこう見えて金には困っておりません。ダス殿とも、商売の縁で知己を得ました」
「……すごい」
「姫様ならそのように仰っていただけると思っておりました。興味があるようでしたら、こういった手段についてもお教えいたしましょう」
「ぜひお願い! とても興味があるわ!」
「ククク……。畏まりました。ちなみにノーレスは姫様の連絡役としようと思いますが、いかがですか? 比較的礼儀を弁えている者を選んだつもりです」
「良いの?」
「ええ。ノーレスにも貴人との付き合い方の良い学びになりましょう」
ルルリアがノーレスに視線を向けると、ノーレスはもう一度ぺこりと頭を下げる。
「ではノーレス、よろしくお願いします」
「はい」
こうしてルルリアに、小さな諜報部員の部下が誕生したのである。