【やり直し軍師SS-136】甘き集い(下)
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今回の更新はここまでです。次回は11月1日からを予定しております。
「とりあえず、正統? な作り方は丁寧に漉して滑らかにした方ですので、まずはそちらからどうぞ」
それぞれのお皿に、滑らかになるまでザクバンを濾したシルク焼きが2つ。それから、わずかにザクバンの食感を残したものを1つ置いて、全員に配る。
非公式とはいえ王の御前だ。僕が毒味を兼ねて先に手をつけることにした。
実際に食べるのは久しぶり。未来で最後に食べたの、いつだったろう? もしかすると50年ぶりくらいに口にするかもしれない。
スプーンをシルク焼きに差し込むと、表面の焦げ目が、パリリとほんのわずかに抵抗して、あとはなんの力も必要としないままスプーンに乗ってくる。
こそいだ内側は艶やかな黄金色。うん。出来は良さそうだ。
スプーンに乗せたそれを口に。濃厚なザクバンの甘みを牛乳が優しく包み、バターのほのかな塩気が甘みをより一層引き立てる。舌の上でとろけて行くザクバン。やっぱり美味しい。
僕が半世紀ぶりの味わいを堪能していると、いよいよ我慢できなくなったラピリアが口をだす。
「ね、もう食べていいかしら? ここにいる人たちはロアが毒を盛るなんて思っていないわよ。良いわよね」
もはや一刻の猶予も許さぬという勢いだ。見ればこの場にいる人たちは、ゼウラシア王を除いて似たり寄ったりの雰囲気を醸し出している。
流石に貴族が多いので、表面上はお淑やかであるが、目が笑っていない。ここで会を終了したら暴動が起きそうだ。
「うん。味わいも問題なさそうだし。皆様もお待たせしました、どうぞお召し上がりください」
僕の言葉で一斉にスプーンを手にする。
「ああっ! これは美味ですっ!」
誰よりも早く大きな声を上げたのは、意外にもローメート様。自分でも大きな声を出しているのに気づいていないのか、すごいすごいと言いながらスプーンを素早く動かしている。
「これは確かに、絹のような極上の舌触りですね。だから「シルク焼き」なのですね」
リューリア女史が納得といった顔で僕に問う。元上司のリューリア女史に問われると、なんだか妙な緊張感があった。
「はい。あとは艶やかな見た目もシルクのようかな、と」
確か、名前の語源はそんなところだったはず。
「単純に見えて、ぞれぞれの分量が絶妙であるからこその、この味わいなのでしょう。これは、美しい味わいです」
うっとりとした表情で、独特な表現をするのは貴族院のポーラ女史だ。
ふと視線を走らせれば、シャリスやネルフィア、そしてラピリアも満足そうにシルク焼きを楽しんでいる。シャリスはなかなか菓子にうるさいそうだけど、あの表情からすれば満足してもらえたようだ。
ルファとレアリーは顔を突き合わせて「美味しいね」と微笑みあっており、リヴォーテはなぜか驚愕の顔を張り付かせていた。
「リヴォーテ、口に合わなかった?」
僕が聞くと、リヴォーテは「い、いや」と言葉に詰まる。
そんな様子を見たルファが、「リヴォーテは美味しさに感動して言葉が出ないんだよね〜」と言い、
「ち、違うぞ。まあまあ、そう、まあまあ美味いな! この菓子は!」と動揺しながらもスプーンを動かす手を止めようとはしない。
「はぁ〜、この、少し食感の残る方も美味ですわぁ」
気がつけば誰よりも早く2つのシルク焼きを平らげたローメート様が、漉していない方のシルク焼きに手をつけている。
ローメート様の言葉に反応するように、他の人々も食感の違うシルク焼きへ。
「私は、こちらの方が好きですね」
ネルフィアが目を細め、「私もです」とリューリア女史が同意。
「どっちも美味しいね」
「ね」
ルファとレアリーは両方つまみながら楽しそうだ。思えば今回の一件、レアリーをもてなす為であったので、最低限の目的は達せられたと言える。
そんな様子を見ながら、料理人のワッカーさんが感心したように声をかけてきた。
「料理人でもないのに、軍師様は素晴らしい腕前ですな」
「たまたまですよ」
僕の隣で真剣な表情でシルク焼きを味わっていた料理人のワッカーさん。細かな疑問をいくつか挙げ、僕は答えられる範囲で回答してゆく。そんな僕らの会話に割って入ったのはゼウラシア王だ。
「ワッカー、再現は可能か?」
「もちろんでございます。ロア様が仰ったように、手順そのものはそれほど難しい物ではございません。ですが、その単純な手法を丁寧にまとめ上げたロア様の手腕には感嘆いたします」
あまり褒めないでほしい。本来考えたのは僕ではない。褒められるほどに、見知らぬ発案者への申し訳ない気持ちが強くなる。
「よし。手順を確立したら、貴族間に流行らせて様子を見よう。場合によっては王都の新たな名物となるかもしれぬ」
この中で唯一公務で参加している王は、王都でシルク焼きを流行らせるつもりのようだ。あとでこっそり、僕が発案したとは公表しないようにお願いしておこう。
「お兄様!!」
ここで突然、ローメート様が立ち上がり叫んだ。すでにお皿の上には何もなかった。王は少し面食らったように歳の離れた妹を見る。
「ローメートがこれほど興奮するのは珍しいな。どうしたと言うのだ?」
「私、感動いたしました! 今度改めてロア殿のお知恵をお借りしたいのですが、よろしいですか!?」
この時のローメート様の提案は、王都に大きな騒ぎを巻き起こすことになるのだけど、それはまた、別のお話。
このお話の続きは、遠からず書きたいなと思っております!