【やり直し軍師SS-134】甘き集い(上)
それは僕の、不用意な一言から始まった。
僕とラピリアが、シュタイン邸の庭で2人でお茶を楽しんでいた時のことだ。ラピリアの妹、レアリーが近々王都に遊びに来ると打診があった。
「最近良く王都に遊びにくるね」
「そうなの。情勢も落ち着いているし、中央貴族との交流に力を入れたいみたい」
ラピリアがシュタイン家に嫁いでいる今、レアリーはゾディアック家の社交のために、貴族社会へと足を踏み入れる準備だという。
レアリーが来る時はウィックハルトが護衛を買って出てくれている。ウィックハルト曰く「ロア殿の義妹に何かあっては困りますから」とのこと。
ウィックハルトが護衛をしてくれるなら心強い。少々申し訳ない気もするけれど、その言葉に甘え、警護を一任していた。
割と先日も王都にやってきたばかりなので、特別大げさに歓迎するほどの話ではないのだけれど、その日の僕は気まぐれに、義兄らしく、レアリーを喜ばせたいなと思ったのだ。
レアリーが喜ぶことってなんだろう? 彼女はちょくちょく僕に戦いの話を聞きたがるけれど、他には何か希望されたこともないなぁ。あ、そうだ。
「ねえ、レアリーって甘いもの、好きかな?」
「どうしたの急に?」
「いや、実はね。折角だからレアリーが見たことのないお菓子を、味わってもらおうかなと思って」
ずっと気になっているお菓子があったのだ。と言っても、単純に食べてみたいという意味ではなく、僕が歴史改変を行った結果、もしかしたら誕生しなかったのではないかと言う懸念から。
歴史改変の影響は、多かれ少なかれ様々な場所に存在する。食べ物に関してだけでもいくつもありそうだ。
歴史を変えるために利用できるものは利用したので、時代を先どって世に出した料理もないわけではない。瓶詰めなどはその代表格といえる。
振り返れば色々と無茶したなぁと、少し遠くに思いを馳せてしまったけれど、本日の主題はそこではない。
僕が気になっているお菓子は、本来であればツァナデフォルで誕生するはずのものだった。
凶作からしばらく後、大陸でちょっとした流行を巻き起こした逸品だ。歴史通りに生まれていれば、そろそろ話題になっているはず。けれど、未だにその兆候はない。
トゥトゥの流入を早めたことが影響しているかも知れないと、薄々感じていた。
あのお菓子はとてもおいしかった記憶がある。本来の発案者には申し訳ないけれど、歴史に埋もれさせるのは勿体無い。
分量や手順をわきまえていれば、作り方自体はそこまで難しくないので、僕でもできる。ゆえにこの機会に復活させようかなと思ったのだ。
ラピリアにそのように説明すると、ラピリアは口を尖らせて、テーブルの下から小さく蹴ってきた。
「甘いお菓子と紅茶が好きな女性、ここにもいますけど?」
ああ、うん。そうでした。
「いや、もちろんラピリアにもご馳走するよ。材料は畑で確保できるし」
シュタイン領で始められたトゥトゥ農場は、当初より規模を縮小して運営していた。元々繁殖力の高い野菜だ。ツァナデフォル産のトゥトゥの流通の妨げにならないように調整を入れたのである。
結果として耕した畑に空きができた。土を休ませながら使うにしても、他に何か育てられる程度に。
そのまま荒れるにまかすには勿体無いよね、なんて話していたら、ラピリアと執事長のキンドールさんより、それぞれ「育てたいものがある」と提案があった。
ラピリアからは「ジャムに使える果物やハーブを作りたい」と。キンドールさんは「折角目の前に畑があるなら、主人やお客様に新鮮な地物で料理を提供したいので、色々育てたい」と。
僕は特にこだわりがないので、農場を任せるダンブルと相談して、両方とも実現させる方向で進めてもらったのである。
結果的にシュタイン農場は現在、半分はトゥトゥ、残りの半分は様々な野菜や果実、さらに鶏なども育成され、なかなかに彩り豊かな感じになっていた。
「ところで、どんなお菓子なの?」
ラピリアが興味深そうに聞いてくる。
「うーん、それは当日のお楽しみにしようかな。あ、一応ちゃんとした調理場を借りないとなぁ。瓶詰めで使った厨房を貸してもらえるか聞いてみようかな」
「それなら私が許可をもらってくるわよ。ちょうど今度、レーレンス様とお茶の予定があるの」
「あ、じゃあ頼むよ。王妃様なら話が早いね」
こうして話がまとまり、話題は別に移って行く。
気軽に頼んだ僕は、本当にうっかりしていたのだ。全く思い至っていなかった。
王妃様も、甘いお菓子と紅茶をこよなく愛する女性であると言う事実に。
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「厨房は借りたわ。レーレンス様もゼウラシア様もご同席されるって。おいしかったらレシピを知りたいって仰ってたわよ」
そんなことをしれっというラピリアに、僕はようやく話が大ごとになっていることに気づくのだった。




