【やり直し軍師SS-130】ゾディアと幼子①
ゾディア達ル・プ・ゼアの一行は、ルブラルでの興行を終え、専制16国へと向かっていた。
シューレットと専制16国、どちらへ向かっても良かったのだが、そこは自由の民。気の向くままに道を選び、気がつけば専制16国の方向へと進んでいた次第である。
専制16国。北の大陸の中でも最も特殊な成り立ちを持つこの連合国家は、現在は4つの宗主国を中心にまとまっていた。
国家の大綱は合議制であるが、基本的には各国の裁量に任せ、専制16国として決めなければならない時だけ、会議で決定する。
軍を個別に保持する事を禁じられ、統一の部隊を維持している。これがこの16国の絶対的な決まり事。
全体的には緩い連合体である専制16国のため、各地域によって非常に多彩で個性的な文化を垣間見ることができ、旅人の目を大いに楽しませていた。
特に興味を惹くのは服装だ。かつて、それぞれの地域が別々の国であった時代の影響が色濃く残り、各地の名残を残す民族衣装を纏っている。
そのため、見るものが見れば、服装だけでどの地方の人間なのかが一目瞭然であった。
ルブラルの端の砦で出国手続きを済ますと、いよいよ専制16国。踏み入れたのはグラーゼという地方だ。
「ここらへんはルブラルほどの歓迎はないんだな」
そう呟いたのは一座の若手、デンバー。手を頭の後ろで組みながら、周囲を見渡しながら歩いている。
「噂が広まれば、また違うかも知れないね」
デンバーの言葉に、一座のまとめ役であるベルーマンは穏やかに答える。
娯楽に飢えていたルブラルでは、一座の歓迎振りは凄まじいものがあった。
ルブラルの王都を出た頃には、ル・プ・ゼアが来訪中であることが各地に広まり、道を進んでいるだけで「是非とも我が村に」と、わざわざ誘いに来るほど。
各国から一座が消えたのは、ル・プ・ゼアが一枚噛んでいる。ロアに協力するという選択をしたことに後悔はないが、一座としてもなるべく丁寧に各町村を回ることにした。
結果的に予定より大幅に滞在が延びたものの、同時に当面は遊んで暮らせるほどの実入があった。
「折角だから専制16国のどこかで服を新調しよう」
ベルーマンの提案。専制16国では裁縫の上手さが一つのステータスとされているため、服飾産業が盛んである。また、大陸北部に位置することから、質の良い防寒具を求めることができた。
「あ、良いわね。そろそろ私も外套を新調したいと思っていたの」
ベルーマンの言葉に嬉しそうな声を上げたのは、パリャという団員。ル・プ・ゼアに3人しかいない数少ない女性団員の一人だ。
「ああ。今は懐が暖かいからね。ロア殿に貰ったお金もあるし。ここで全員分の服を新しくするつもりだよ」
「きゃー! ベルーマン愛してる!」
全く心のこもっていない愛の言葉を浴びつつ、ベルーマンは苦笑しながらゾディアの方へと顔を向ける。
「ゾディア、ロア殿達に、何かお土産でも買っていくかい? 服なら時間が経っても問題ないし」
ベルーマンがそのような提案するのは珍しい。というか、ゾディアの記憶にある限り、一座以外に何かを買おうと提案してくるのは初めてではないだろうか。
「……そうね。それもいいかも知れない」
ゾディアは東の国に住まう英雄と、その仲間達の顔を思い浮かべる。ルファやラピリアにはどんなものが似合うだろうか。
彼らに思いを馳せながら、ゾディア達はゆるゆると馬車を進めるのだった。
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グラーゼのハンタノ。この辺りでは一番大きなこの街で興行をした日、ベルーマンが満を持して宣言する。
「ここに数日滞在して、予定していた服の購入をしよう」
その言葉に一座の皆が盛り上がる。持てる荷物は限られている。衣装は大切に、それでも綻びてしまったものは繕いながら持たせてきたのだ。
ゾディアは歌い手のため、比較的頻繁にドレスを購入してもらっていたが、私服となれば話は別。自然と心が浮き立つ。
街に繰り出した一行。様々な服屋を冷やかして回る。何せ、それぞれに購入できる点数は決まっているし、気軽に買い替えるというわけにはいかない。作りがしっかりしていて、それでいて自分の好みに合うものを吟味しなければならない。
服飾産業が盛んなだけあって、ハンタノの街にも多くの服屋が並んでおり、店同士で個性を競い合っている。
ゾディアは女性三人で、ああでもないこうでもないと言いながら進んでいると、背後から声をかけられた。
「ねえ、昨日の一座の人たちだよね? 服を買うの?」
振り向いて見れば、声をかけてきたのはまだ幼さの残る少女。隣には手を繋いだ少年も佇んでいる。兄弟であろうか?
「君たちは、誰かな?」
子供のあしらいがうまいパリャがしゃがみこみ、子供達と同じ目線になりながら聞けば、少女は質問には答えずに、「良い服屋、知ってるよ。紹介してあげようか?」という。
いわゆる小遣い稼ぎだろう。ついて行っても良いが、大抵の場合、その服屋からも駄賃をもらって客引きをしていることが多い。
子供を客引きに使う店は、行きずりの旅人向けと割り切って、見た目ばかり良くて質の悪い物を売る店も少なくない。経験上ならば、分の悪い賭けである。
しかしながら、パリャはあっさりと「ふうん。じゃあ案内してくれる」と伝える。
お金には少し余裕がある。こういう時ゾディア達は子供の誘いに乗るようにしていた。その年で小遣いを稼がねばならぬ事情がある。それは、幼い頃の自分たちの姿でもあったのだから。
尤も、連れて行かれた店で買い物をするかは別であるが。
色々と誘い文句を用意していたのであろう。あまりにあっさりとした返事に、少女は面食らった顔をしてから、「じゃ、じゃあついてきて」と、背を向けた。
道中、少女に話かけると、娘は「ノーラ」と名乗る。
以前いた孤児院が潰れてしまい、最近新しい孤児院へと移った、そんな話を聞きながら、ゾディア達はノーラの勧めるお店へと向かうのであった。