【やり直し軍師SS-129】とある鍛冶屋の話(下)
ゼーノの頭にあったのは、双頭槍という武器だ。柄の両端に穂先がある、普通に考えればあまり実戦向きとは言い難い代物。
しかし、トールのような両手使い、それも少々変わった御仁であれば、或いは使いこなすのではと考えたのだ。
とはいえゼーノは正直、半分くらい、トールは法螺を吹いているのではないかと思っていた。
兵士のような荒っぽい仕事に就いている者の中には、大言壮語を口にする人物も少なからずいる。
ただ、ベクシュタットの紹介であったし、双頭槍など打つ機会は早々ないので、細かいことは気にせずにトールの武器を設えてやった。
ところが、トールは本当に騎士団長が内々に決まっていたらしい。宣言した季節になると、第七騎士団の新たな騎士団長にトール=ディ=ソルルジアが就任したとの話がゼーノの耳にも入ってきた。
同時に、トールが愛用する双頭槍にも注目が集まった。余程器用でなければ扱うこともままならない武器だ。そのため初めて見る人々も多く、「あの武器は何だ」とちょっとした話題であったらしい。
結果的にゼーノは2人の騎士団長の武器を造った職人として、ルーデンの名工などと呼ばれるようになり、忙しい日々を送っていた。
そんなゼーノの元に、ベクシュタットとトールが揃ってやってきたのは、年が終わりを迎え、仕事納めとするつもりだったまさにその日。
山沿いにあるルーデンはルデク南部に位置する割に、比較的雪が降りやすい。薄っすらと積もった雪が、軍馬の足跡を点々と残す。
「元気か」
相変わらず手紙とは対照的に寡黙なベクシュタット。
「よお! 久しぶりだな、ゼーノ」
トールの方は騎士団長となって少し落ち着きが出たのか、最初の印象にあった乱暴さが少しだけ鳴りを潜めているように感じた。
仕事納めのために、火を落とす直前であった窯に木をくべ、暖かい工房に迎え入れると、2人は手土産の酒を掲げてみせ、トールが来訪の目的を告げる。
「実はな、ベクシュタットのところに遊びに行ったら、お前のところに武器の手入れを頼みに出かけるところであったのだ。ついでだからな。俺も頼もうとついて来た」
言いながらそれぞれ、布に包まれた武器を差し出してくる。それらを受け取り布から出してみて、武器の状態を確認。
「うむ。どちらも良い手入れをしている。俺の調整など必要ないように見えるが……。まあいい。今年最後の仕事にしよう」
ゼーノは傷を補修したり、衝撃でわずかに曲がったりした部分を修繕。最後に穂先を丁寧に研磨してゆく。
「見事なものだな」
トールが早くも持って来た酒を開けながら、ゼーノのそばまでやってきて、作業を覗き見る。
「邪魔をするなら、追い出すぞ」
「おお。悪い悪い」
叱られて首を引っ込めると、大人しく元いた場所に戻るトール。ベクシュタットはずっと同じ場所から、黙ってゼーノを眺めていた。
「これで良かろう」
ゼーノの中で満足のゆく調整が終わり、2人に確認するように手渡した。それぞれしばらく穂先などを眺めていたが、揃って工房の外へ出てゆくと、人気のない道端で振るい始める。
降ってくる雪の結晶を一閃。ゼーノに、雪を斬ったと錯覚させる鋭い突きを何度か放ち、満足そうにする2人。それからゼーノに礼を述べ、「一杯やろう」と誘ってくる。
そうして工房の片隅でささやかな酒盛りが始まった。
「ザックハートのやろう!結局最後まで勝てなかった!!」
悔しがるトール。結局負けたらしい。
「あのお方には、俺もいずれ」
「おお、ベクシュタットも打倒ザックハートか! やはり武人として一度はあやつに膝を突かせたいものよな!!」
親しげな2人の様子を見て、ゼーノは「古くからの知り合いなのか?」と聞いてみる。トールはよくぞ聞いてくれたとばかりベクシュタットを指差した。
「こやつはなぁ、俺が第四騎士団にいた頃に、突然俺に喧嘩を売ってきたのだ。それ以来の仲だ!」
「喧嘩だぁ?」
「そうとも。偶々使いで来たらしいが、俺のボルドラス殿への不遜な態度が気に食わなかったそうだ。で、喧嘩を売ってきた」
などと言いながら笑う。
「問題にならなかったのか?」
「ボルドラス殿も面白がって、「怪我しない程度に好きにしろ」と言うのでな、それに売られた喧嘩は買う性分だ。で、負けた」
トールが面白おかしくその時の事を話す中、ベクシュタットは黙って盃を傾けるばかり。
そうこうしているうちに、2人が持ってきた酒も尽きる。
「この雪だ、お前ら今日は泊まってゆけ」
ゼーノの提案を受けて、2人がゼーノの家で一夜を明かした翌日のこと。出立前になり、ベクシュタットが手紙を差し出してきた。
「興味があったら」
それだけ言い残して立ち去ってゆく。
中を確認すると、相変わらずの長文が書き連ねられていた。ゆっくりと目を通し、内容を要約すると、今、王家が宝剣たりうる武器を集めているらしい。
どう言うことかといえば、帝国やゴルベルとの戦いが本格化する中、褒美に下賜する剣が不足してるのだという。
王の褒美である以上、見た目も華やかな武器が望まれる。ベクシュタットは、ゼーノほどの腕があるなら、一度試しにどうかと提案してきたのである。
ゼーノにとってさほど魅力的な話ではなかったが、最後の文章で気持ちが動く。そこには、
――私はできれば、褒美としてゼーノの武器を頂きたいものだ――
とあった。しかし王が下賜するほどの代物は、厳しい審査を潜り抜けねばならない。王室御用達となるには数年を要するだろう。
「……簡単に言ってくれやがる」
ゼーノは首の辺りをさすりながらも、一人挑戦的な笑みを浮かべるのであった。
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「ゼウラシア様、宝具審査員の貴族の皆様より、新しい宝剣が献上されております」
ゼウラシア王はネルフィアが恭しく掲げた短剣を手に取った。
「……うむ。これは見事なものであるな。褒美として使えそうだ。何という者の手による作品だ?」
「ルーデンのゼーノという職人です。ベクシュタット様やトール様の武器を打った者のようです」
「ほお、実用的でもある、か。ますます良い。許可する。ゼーノには王室御用達の称号を与えよ」
「畏まりました」
それから王はしばらく短剣を弄ぶと、
「そういえば、例の文官との引見にあたり、何か褒美がいるな。この短剣で良かろう。手配を頼む」
「仰せのままに」
こうして、ゼーノの短剣は、とある無名の文官に下賜される事となる。