【やり直し軍師SS-128】とある鍛冶屋の話(中)
鍛冶職人の名前が、第八騎士団のパン屋さんと被ったため、ウーノからゼーノに修正しております!
鍛冶職人、ゼーノ殿
拝啓
過日は我が腕となる槍を拵えてくれ誠に感謝する。貴殿の魂を込めた槍は我が手に吸い付き、まるで100年を共にした相棒のような気持ちにさせてくれる物であった。
貴殿の腕に甚だ感心する物である。私は少々口が重く、希望を伝えることが難しかったが、貴殿の槍はまるで我が心を読んだような出来と言える。
穂先の切れ味はもちろんのこと、柄が鋼で造られているのも良かった。ザックハート様の『無骨』を彷彿とさせてくれ、誇らしく思う。
噂を耳にした時は半信半疑であったが、貴殿のような名人が未だ一地方にしか知られていないことは些か惜しいようにも感じるーーーーー
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ここまで読んだところで、ゼーノは「なんだ、これは。本当にあの無口な御仁の手紙か?」と、訝しんで手紙から眼を離す。
しかし、改めて表書を見ても、第五騎士団、団長ベクシュタットの書き付けがあるし、内容は確かにゼーノが打った槍のことである。
誰かが俺をからかっているのかとも思ったが、このような迂遠な嫌がらせをされるほど、恨まれる心当たりもない。
そもそも偽書であった場合、騎士団長の名前を騙ったとなれば重罪だ。そんな危険を冒してまで偽造る価値などないであろう。
「まあ、いい」
ゼーノは再び手紙に眼を落とすと、その後もつらつらとゼーノの打った槍に対する礼讃が並んでいる。
少々驚きはしたが、満足してくれたのなら悪い思いはしない。ゼーノはその手紙を丁寧に畳んで、工房の端にそっとしまった。
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その日は職人たちの寄り合いがあり、話題がベクシュタットのために作った槍の話になった。
流石に相手が相手だ。怒らせたらどうなるか分からないと、職人仲間は随分と心配してくれたらしい。
ゼーノが事の次第を伝えると、仲間の一人が呆れたように、ため息をつきながら、
「分かっちゃいたが、なんの飾りっけもない槍を渡すなんて、ゼーノさんの腕ならいくらでも豪奢な彫刻も施せたろうに……」と言う。
「大きなお世話だ」
ゼーノはふんと鼻を鳴らして盃を傾ける。ゼーノが客と揉める原因の一つが、この装飾に関する部分だった。
以前、ゼーノは気まぐれで、柄に見事な装飾を施した剣を打ったことがあった。これが実に見事な出来で、ゼーノの名前はこの地域において一躍注目を浴びる。
しかしゼーノは基本的に、武器は武器としての利便性を優先すべきだという信念がある。ゆえに、装飾や彫刻などは最低限で良い。話題になった代物はあくまで、己の技術を錆びつかせないための修練の一環であった。
ところが、その気まぐれの一振りが貴族の手に渡ったことで、ゼーノの元には度々望まぬ依頼が舞い込んだ。そんな客との揉め事にすっかり辟易したゼーノは、もはや装飾などするものかと意地になっていたのである。
そんなゼーノの工房であったが、ベクシュタットの槍を打って以来、ぽつり、ぽつりとゼーノが望むような仕事が舞い込むようになってきた。
どうやら、ベクシュタットが勧めてくれたらしい。何れの者も実戦のための武器を望んだため、ゼーノにとっては大変やりがいのある仕事だ。
いくつかの依頼をこなし終えた頃、ベクシュタットから、紹介した客が喜んでいると言った類の長文の手紙が時折届くようになった。
ゼーノは毎回苦笑しながらも時間をかけて丁寧に一通り読むと、それらを大切に保管する。
そんな日々がしばらく続いた頃、ゼーノの元に少々変わった客が来る。
赤い髪と赤みかかった眼。整った顔つきの若い将官だ。将官はゼーノの工房に来るなり、「ザックハートに勝てる武器を打ってくれ。派手なやつがいい!」と宣う。
そいつは第三騎士団の隊長で、トールと名乗る。何か良い武器を探しており、ベクシュタットに勧められてやってきたそうだ。
「ザックハート様の無骨に勝てる武器? 無理だな」
ゼーノはにべもなく答える。第三騎士団長のザックハートの持つ巨大な槍、通称「無骨」は当代の名人が3人集まってようやく生み出した傑作である。
ザックハートの規格外の膂力に耐え、なおかつその武を存分に引き出す。ゼーノはもちろん、ルデクの鍛冶職人にとって憧れの逸品といえた。
「そこをなんとかしてくれ! このままでは負けっぱなしで別の騎士団に移ることになる」
「移籍? なんだ、何かやらかしたのか?」
ゼーノの世代において、ザックハートは一番の英雄。そんな相手に勝とうなどという若造だ。ザックハートの怒りを買ったのかもしれない。
だがトールは「違う違う」と手を振ると、
「ザックハートの推薦で騎士団長になるのだ。それまでにせめて一度、あいつに一矢報いたいのだ」などという。
一応ベクシュタットの長い手紙も携えていたことから、一応ちゃんとした紹介客のようだ。内容は怪しいが。
「ベクシュタットのやつも、おまえさんなら何とかしてくれるかもしれんと言っていた。何とか頼む」
「頼むと言われてもな……」
うーむと腕を組んだゼーノ。あの「無骨」に対抗できる武器……同じ職人として、挑戦してみたい気持ちもないわけではない。
「トール、と言ったな。ちなみにお前はどの武器が得意なのだ?」
トールは両の腕を曲げて力瘤を作ると、「俺は何でも使える。変わった武器でも問題ない」と返してくる。
その仕草を見たゼーノは、トールの両手の妙な場所に、武器だこができているのに気づいた。
「お前は、大剣使いかなにかか?」
「ん? ああ、このタコのことか。俺は両利きなのだ。その時その時で、使う武器も変えるから、こんな風になる」
「両利き……」
ゼーノの頭の中で、ぼんやりとイメージが浮かんでくる。昔、何かの手本で読んだことがある。あれなら、或いは無骨に挑戦できるかもしれん。
「トール、あんたが第三騎士団にいるのはいつまでだ?」
「あと半年というところだな。お、やる気になったか?」
「期待に添えるかは分からん。だが、一つ打ってみたい武器がある」
「そうか! 任せる!」
トールの代名詞となる双頭槍が誕生するのは、この日よりおよそ2ヶ月後のことであった。