【やり直し軍師SS-127】とある鍛冶屋の話(上)
更新再開いたします!
今回は10話予定です。お楽しみいただければ嬉しいです!
ルデクは鉱山大国だ。産出される鉱石は量、質ともに大陸有数の代物である。
ゆえに、ルデクには鍛冶屋が多い。
主に鉱山を抱える街を中心に、多くの鍛冶職人が腕を競い合っている。
ゼーノはそんな鍛冶職人の一人だ。帝国との国境を分つ山脈の麓、ルーデンという町で、長く槌を振るってきた。
ぼうぼうの髭面に、盛り上がった腕。寡黙で無愛想。職人とはかくやという男、それがゼーノである。
ルーデンの町では一番の技量。だが、客は少ない。理由はゼーノのこだわりにあった。使い手を見てものを決める、相手の希望では無い武器を造ることもしばしば。だから良く客と揉める。
街の職人仲間も慣れたもので、ゼーノが客と揉めると仲介に入り、客を引っ張ってゆく。
ゼーノより安い値段で希望のものを作るので、客も文句はない。そうして払われた料金から、紹介料として幾ばくかの金がゼーノに払われる。
日々そんな風であったから、ゼーノは腕の割にいつも金がなかった。
そんなゼーノの元にある日、奇妙な客がやってきた。一目見て一角の武人とわかる立ち姿。ゼーノが好む客である。だが、それとゼーノがどんな武器を造るかは別の話だ。
「俺の噂を聞いてきたのか?」
ゼーノの問いに、男は短く「ああ」と答える。
「なら、話は早い。俺は俺の作りたいものしか打たない。料金は高い。それでいいか?」
「ああ」また、短く答える。
いくら好き勝手に造るとはいえ、ゼーノといえど、まず要望くらいは聞く。聞き入れるかどうかは別として。だがこの客は、何も語らず、ただ短い返事に止めていた。
――変わった客だ――
そんな風に思いながら台帳を持ってきたゼーノは、空いている場所を指差す。
「ここに名前を書いてくれ」
客は黙って台帳を受け取ると、サラサラとペンを走らせた。
「ベクシュタット、だな。分かった。で、何を希望だ?」
「帝国兵をより多く倒す武器」
端的ながら分かりやすい。この、俺よりも寡黙な男に合う武器はなんだ? ゼーノは久しぶりに、腹からやる気が湧き上がってくるのを感じ始める。
「よし。なら、希望通りの物を造る。半月後にまた来い」
「頼んだ」
ベクシュタットはそれだけ言い残し、安くない料金を先払いすると、早々に店を出て行った。
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「第五騎士団の団長だと? あの男が?」
ベクシュタットがやってきた夜。いつもの酒場で飯を食っていると、職人仲間がそのように言ってきたのだ。
「なんだ、知らずに仕事を受けたのか? 今日一日、結構な話題になっていたぞ」
「俺はずっと工房に篭っていたからな。全然知らん」
「とにかく、いつものような揉め事は気をつけろよ。相手が騎士団長様じゃあ、何かあった時にお前の首が飛ぶぞ」
「……騎士団長様だろうが、貴族様だろうが、俺のやることは変わらん」
職人仲間はゼーノの返事に苦笑しながら、「……ま、せいぜい気をつけろよ」とだけ言い残して店を出ていった。
翌朝、精神を統一したゼーノは独り「よし」と気合を込め、俄かに玉鋼を持ち出し、火入れの済んだ窯へと差し入れてゆく。
カキンっ、カキンっ!
熱せられた金属を叩く音だけが、部屋の中に響く。ゼーノはこの時間が好きだ。音と、自分だけ。そこには一切の無駄がない。
ゼーノはただ静かに、金属との会話を楽しむのであった。
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ベクシュタットが再訪したのは、指定日のまさにその日。
「あんたの武器は、これだ」
ゼーノが手渡したのは、非常に簡素な槍である。飾り気も何もあった物ではない。柄にはぐるぐると布が巻かれており、見た目もあまり良くない。
だが、強度はゼーノが自信を持って保証できた。穂先の切れ味と耐久性はもちろん、柄の部分も強固な金属製であり、そう簡単に曲がることはない。
布は、手が汗で滑らぬようにするための工夫だ。取り替えも簡単である。さらに、柄にはわずかな凹凸を拵えており、より、手に収まりやすいように工夫してあった。
ただ、真っ直ぐに突くためだけに特化した槍。
しかしながらこの見た目、高い料金を払わせておきながらと怒る客がいてもおかしくない。
ベクシュタットはしばらく渡された槍を眺めていたが、「外で振るっても?」と問うてきた。
「構わんよ」
ゼーノの返事に黙って外へ行くベクシュタット。ゼーノも付いて工房を出る。
槍を構えたベクシュタットは、しばし目を閉じ、精神を集中している。ゼーノが仕事を始める前によく似ていた。
「しっ!!」
ベクシュタットから突き出される槍が、空気を引き裂く。なるほどこれは、とゼーノが感心するほど見事な槍捌き。
しばらく見とれていると、ベクシュタットの動きが止まる。それからゼーノの方を見て、「良いものを、感謝する」とだけ言った。
「おう」
この僅かなやり取りで、ゼーノは今回の仕事が成功だったと満足する。そうしてベクシュタットを送り出してから一月後、ゼーノの元へ、一通の手紙が届いた。
意図したわけではないのですが、某、とらに刺さっていた槍みたいな見た目になりました。