【やり直し軍師SS-122】シャンダルの小さな冒険②
北ルデクまでの道中、シャンダルは積極的にロアに話しかけていた。
稀代の軍師、ロア=シュタインを独占できるまたとない機会だ。聞けること、学べることは無数にある。
シャンダルの問いに対して、ロアは快く答えてくれる。今、シャンダルにとって一番の関心ごとは、ゴルベルをいかに豊かにするか。そのために自分が考えていた疑問をロアにぶつけていた。
話の中心は、ロアが発案した造船所の事。ゴルベルにとって今後欠かせぬ産業なのは間違いない。その運営や、今後の展望をロアに聞くのは非常に有意義である。
正直にいって、シャンダルはルデクにやって来るまでは、自分の国にそれほど興味がなかった。
もちろん、王族としての義務を果たすべき立場であることは分かっている。だが、それは幼い頃から色々な人に言われたから。それだけの事で、ジャンダル自身が決めたことではない。
当時のシャンダルは、さしたる意志もなくただぼんやりと、いずれはゴルベルの王になるのだろうなとは思っていた。まさか、自分が他国に人質に出されるなんて考えたこともなかった。
けれど、シャンダルは今、ここにいる。ゴルベルは負け、父上は実質的な降伏という、屈辱的な選択をした。シャンダルは思い出す。父上の、何かを諦めたような笑顔と、その言葉を。
「シャンダル、辛い思いをさせる……だが、分かってほしい。父はお前を見捨てるのではない。王とは、王族とは国に対し、民に対し責任を持たなくてはならないのだ。だからこそ、王は王でいられるのだ」
――王が、王である理由――
この言葉が、シャンダルの心に強く残った。
――王って、何だろう?――
シャンダルの中に湧き上がった、純粋な疑問。これがシャンダルにとって、初めて王という存在に向き合った瞬間であったように思う。
その答えは今でも出てはいない。けれど、自分なりに朧げながら形になりつつもあるものは存在する。
今、目の前で穏やかにシャンダルの問いに答えている、ロア=シュタイン。
この人の先に、シャンダルの求めているものがある気がするのだ。
北ルデクの統治を任されているのは、ザックハート将軍とニーズホック将軍だ。だが、その大綱を定めた中心人物がロアなのは間違いない。
シャンダルが学んだ限り、ロアはリフレアとの決戦の前に、すでにリフレアを占領した後のことを考えて行動している。凶作とそれを解消する対策といい、規模も視野も別格の感がある。
そんなロアが敷いた道筋によって、生まれ変わった北ルデク。どのようになっているのか実際に見てみたいと思っていた。
「シャンダル君、また難しい顔してる。むーんって顔で固まっちゃうよ?」
ルファに指摘されて、思わず顔を両手で擦る。
「そうだそうだ。あんまり難しい顔しているとリヴォ太郎みたいになる」
「ガキがリヴォ太郎になったら大変だ」
「何だと!」
「喧嘩しないのー」
ルファや双子、リヴォーテのやりとりを見て、クスリと笑いながら、この人たちは仲が良いなぁと思う。
特にリヴォーテは帝国の人間であるのに、第10騎士団の中に混じっていても全く違和感がない。
「リヴォーテみたいになるのはともかく、もう少し肩の力を抜いておかないと、道中疲れてしまいますよ」
ロアにも言われて、シャンダルはようやく力を抜くように意識する。
「おい、ロア、俺みたいに、とはなんだ!」
すかさずリヴォーテがロアに抗議をして、さらに双子に揶揄われるのを見て、シャンダルはまた少し笑った。
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「ここが、フェマスですか?」
シャンダルの眼前に広がるのは、かつて決戦が行われた場所とは思えぬほどに明るい場所だった。
とにかく人が多い。その大半は商人か観光客。
戦いの時のままだという塁壁は、兵士が縄を張って立ち入りを制限し、その外側から多くの人々が塁壁を眺めている。
近くでは旅一座も劇を演じており、そこにも人が集まっていた。
また、塁壁の側には大きな街があり、街の規模だけ見ても、この辺りが栄えていることが見てとれた。
「すごいですね……」
シャンダルが呆気に取られていると、ロアが苦笑しながら補足してくれる。
「三女神の湖に離宮ができて、そちらに観光客が増えた結果、フェマスにも流れ込んでくるようになったようですね。湖からここは歩いても来れますから」
離宮の話はシャンダルも聞いたことがある。評判になっているのは耳にしていた。一つの場所が評判になって、近くに別の観光地があれば、そこも盛り上がるのか。これ、ゴルベルでも上手く利用できないだろうか。
「シャンダル様、こちらへ」
少々考えに浸ってしまったシャンダルを、ネルフィアがそっと誘導。気がつけばシャンダル達の前は人が避け、道ができている。
先ほどまで塁壁を見ていた者達も、今はシャンダル達へと視線を移していた。
ロアや第10騎士団の人々は手慣れたもので、人々に手を上げながらゆっくりと進む。観衆からも歓声が起こり、ちょっとした騒ぎになりつつあった。
そんな中を進むと、塁壁の近くに建てられた一際立派で、それでいて厳粛な雰囲気を醸し出す建物の前で、全員が下馬。
「慰霊の場ですか?」
「はい。ここを通過する時は必ず祈りを捧げます」
双子でさえもふざける事なく真剣に祈りを捧げる様を見ながら、シャンダルもかつてこの地で散っていった者達を思い、手を合わせるのだった。




