【やり直し軍師SS-121】シャンダルの小さな冒険①
ルデク王宮のとある部屋。
その部屋にいるのは3人だけ。ゼウラシア王とゼランド王子、そしてゴルベルの王子で現在は人質としてルデクにいる、シャンダル。
「では、私は北ルデクに行きたいです!」
ゼウラシア王に問われた事柄へのシャンダルの返答は、王たちにとって少々意外なものであったようで、目を丸くして固まっている。
先日、ロア=シュタインとラピリア=シュタインの婚儀が執り行われ、併せてルデク・グリードル・ゴルベル・ツァナデフォルの4国による共同平和宣言が行われたばかりだ。
ゼウラシア王はこの宣言を一つの契機と捉え、人質であったシャンダルに、「他国への視察の許可」を与えると伝えたのである。
すなわち、シャンダルが希望し許可が降りれば、祖国ゴルベルへ足を運ぶことも可能となったということだ。今まではルデク国内にいるのが暗黙の了解であったのだが、ここで暗に帰省許可を出したのだ。
当然王としてはゴルベルへの帰省を望むと考えて、シャンダルにこのことを伝えたのであるが、シャンダルから出てきたのは、北ルデクに行きたいという予想外の返答。
王の隣に座っていたゼランド王子も困惑しながら、改めてシャンダルに問う。
「シャンダル、確かに北ルデクは状況が落ち着くまでお前が出入りしないようにしていたが、ここはゴルベル行きを希望する所ではないのか?」
シャンダルとゼランドは、3年という月日を共に並んで学んできた。今では実の兄弟のような関係だ。そんなゼランドだからこそ、飾らぬ言葉で聞いてくる。
「ゼランド殿の言葉も分かりますが、私は北ルデクに行ってみたいです。折角許可をいただけるなら、見知った土地よりも見知らぬ土地を見てみたいと思います!」
シャンダルの言葉は概ね本心で、ほんの少しだけ嘘だ。ルデクに預けられて重ねた歳月。シャンダルとて、もう子供ではない。父母を思って泣くような歳ではないのだ。
しかしまだ、大人でもない。
シャンダルは今、祖国へ戻り、母や妹に会うことで、自分が子供に戻ってしまわないかと不安であった。ゆえに、自分自身で帰省は時期尚早であると判じたのである。
「心意気は買うが、良いのか?」
ゼランド王子の言いたいことは分かる。内容的にそう頻繁に許可できるものではない。ゴルベルとの関係は非常に良いが、一応とはいえ人質なのだ。次の許可が降りるのは早くても数ヶ月先になるであろう。
シャンダルもそれは承知の上での返答である。一応彼にも明確な目的があった。
ゴルベルを除けば、シャンダルが行ける場所は帝国か北ルデク、隣国という意味では一応ツァナデフォルも候補に入れてもらえるかもしれない。
帝国にもとても興味があるが、それよりも北ルデクの方に惹かれたのは、「敗者の国」だからだ。かつてこの地に存在した国と、そこに住まう民は敗戦によって、リフレアという肩書きを失った。
ゴルベルも同じ、敗戦国である。
ゴルベルのほうは国こそ存在しているが、一歩間違えばリフレアと同じ目にあってもおかしくなかった。この3年間の学びで、その事実を痛いほど理解していた。
だからシャンダルは一度見てみたかったのだ。同じく負けた国の人々のありようを、そしてルデクのやりようを。
きっとそれは自分がゴルベルに帰った時に、自分が治めるであろう”弱国”を導くために、何か役に立つのではないだろうかと。
そのように説明すると、ゼウラシア王も、ゼランド王子も難しそうな顔でシャンダルをみてくる。
「あの……私は何か、不興を買ってしまいましたか……?」
シャンダルが不安そうにいうと、ゼランド王子が慌てて首を振る。
「違う違う! おそらくは父上も同じだと思うが、私は感心していたのだ。私が同じくらいの歳のころは、ただただ情けなく自信のない男であったからな。当時の自分と比べてしまい、恥ずかしくなるような心持ちだ」
「そのようなことは……」
「いや、事実だから良いのだ。そして私が弱かったことは、私にとっては忘れてはならぬ大切なことなのだ」
「そう、なのですか……」
シャンダルにとって、ゼランド王子とは最初から頼りになる存在だった。若年ながら様々な国務に精を出す、自分にとって目標とするべき背中である。
だからゼランド王子にそのような過去があったなどと、全く想像ができない。
「ま、私のことは良い。父上、いや、王よ。この早熟な名君候補殿の言葉、私は理にかなっているように思います。許可を与えてはいかがですか?」
「うむ。無論、何の問題もない。しかしな、シャンダルよ」
「なんでしょうか?」
ゼウラシア王は少し苦笑しながら、続ける。
「貴殿は或いは、私や君の父君を超える王になるかもしれん。しかしな、もう少し肩の力を抜いても良いのだ。もしも、父母に会いたくなったら、いつでも申し出るが良い」
「お心遣い、ありがとうございます」
シャンダルは深く頭を下げながら、ゼウラシア王の言葉に少し心が暖かくなったのを感じた。
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「では、気をつけてな」
「うん、行ってきまーす!」
シャンダルは、ともに北ルデクへ向かうルファと、見送りに来たゼランド王子が挨拶を交わす2人の様子をなんともなしに見ていた。
シャンダルがやってきた頃は、ルファが出かける時はゼランド王子も同行したがったが、今は違う。王子はどこか悠然と構えてルファを送り出している。
ルファが同行するのは、北ルデクを統治しているザックハート将軍の要望によるものだ。段取りをとってくれたロア曰く、「義娘を連れてこなければ暴れる」と冗談なのか、本気なのかわからない手紙を送ってきたそうだ。
ルファが出るのならと、今回の護衛は第10騎士団が請け負ってくれる。さらに帝国のリヴォーテも一緒だ。
こちらは一緒というか、ついで、という表現が正しい。
「そろそろ一度、帝国に報告に帰る予定だった」というリヴォーテは、「北ルデクで少し寄りたいところがある」との理由で、同行を決めた。なのでリヴォーテは北ルデク到着後は別行動となる。
「では、行きましょうか」
ロアの言葉をきっかけに、見送る王子を背に、シャンダル達は王都を出立したのであった。