【やり直し軍師SS-118】絵画(上)
本日より更新再開です〜
今回は少し毛色の違ったお話。
私実は、かつては騎士団の末席におりましてね。
と言っても、さしたる功績を上げたわけでもなく、小さな砦の守備兵として長く配属されていたばかりではございますが。
体力的な衰えを感じ、引退を考えた頃のことです。退役兵だけに回ってくる就職口に、私の興味を引くものがございました。
そこで妻と相談し、思い切って見知らぬ土地に移り住むことにしたのでございます。その仕事口とは、山の上にある王家の別荘です。
別荘の管理人など初めての経験でしたが、職場の諸先輩方はほとんどが私と同じような経歴でございましたので、大変やりやすく勤勉に努めておりました。
転機が訪れたのは5年目の秋のこと。どうも私にはこの仕事が向いていたようで、任される責任も増えてきた頃、国王様の管理なされる別のお屋敷に人手が欲しいとの打診があったのでございます。
その場所が妻の故郷に近かったことが、決め手でございました。私たちは再び、新たな土地へと移り住むことを決めたのです。
転居した翌年に、妻が流行病で天に昇ってしまったのは皮肉というべきか、それとも最後に故郷の風景を見ることができて幸せであったのか。私にはわかりません。
妻を失った私は、その心の隙間を埋めるように、ただただ、仕事に邁進いたしました。そうして気づけば、屋敷管理の責任者のような立場を任されるに至ったのでございます。
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私がシュタイン邸に来た頃は、シュタイン邸は主人のいない空き家でございました。
シュタイン家は王の血縁に近しい貴族であったのですが、10年ほど前に絶えてしまったそうです。
しかしながらこのお屋敷には見事なお庭があり、このまま朽ちさせるのは惜しいとご判断された、国王様の命によって、ごく僅かなお客様を迎えるためだけに存続しておりました。
幾ばくかの時が経った頃、ルデク国内に不穏な噂が広がり始めます。
「帝国が攻めてくるのではないか?」と。
噂は静かに、しかし確実に人々に広まって行きました。
同僚の中にはゴルベルにいる親戚を頼ると言って国を出て行った者もおりましたが、それを臆病と笑ったり、職務放棄だと罵ったりすることができないほど、状況は切迫していたのを記憶しております。
実際に帝国が宣戦を布告したと聞いた時は、元騎士団の一員にも関わらず、恥ずかしながら、心の底から震え上がるほどでした。
まして、ゴルベルもルデクに牙を剥いたとなれば、もはや北へと逃げるべきか真剣に考えたものです。
しかしすぐに、私たちの不安を一掃する出来事がございました。
若き英雄様が帝国を撃退し、さらにゴルベルに対しては、第一騎士団が勝利を収めたというではございませんか。
シュタイン邸も束の間の喜びに包まれた頃、国王様がお客様を連れて、お屋敷にやってきたのです。
そのお方こそ、新たな英雄、レイズ様。
国王様とレイズ様、たった二人のご歓談ののち、このお屋敷の主人はレイズ様になりました。
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レイズ様は変わったお方でございました。
あまりお屋敷に滞在することはございませんでしたが、たまのご滞在時は、ご自身の建てられた大きな研究室に篭って、夜遅くまで何事か実験をされておられていることが大半です。
私も良くお茶やお夜食を持って、夜中にレイズ様の息抜きにお付き合いしたものです。
そうそう、レイズ様といえば、まず最初に着手したのが、この研究施設の建築でございます。
実は建物がある場所には元々、沢山のジョエが咲く中庭がありましたので、それを潰すというのは随分とがっかりしたものです。
もしかしたら新しい館の主人は、お庭にはご興味がないかもしれないというのも心配の種でした。
この館の自慢である、見事なクラザの木も切り倒されてしまうのでは、と。
しかしレイズ様はジョエも丁寧に植え替えを行い、それから「せっかくの美しい庭を潰してしまって申し訳ない」と使用人の私たちに頭を下げてくださいましたので、心の底から安堵致しました。
レイズ様がこのシュタイン邸に滞在していた時間は、全部合わせても一年に満たないかもしれません。
常に帝国の脅威に晒され、その対応に追われるレイズ様には、休暇などあってないようなものでございましたから。
しかしながら、私たち使用人にとっては尊敬すべき方であり、日々お忙しいレイズ様がいつ帰って来られてもお寛ぎいただけるように、私たちは館の隅々まで気を配って、美しい館を保持してきたのでございます。
とある日、珍しくレイズ様がお庭で本を片手にうたた寝をされておりました。
そのお姿があまりにも様になっておりましたので、私はついつい、絵筆を手に取ったのでございます。